エピローグ

 この話を聞き終わったとき、青年は身を震わせていた。

 まさか、と思ったのだ。

 この老成した少年は、四百年も昔のことをまるで見てきたかのように語った。


 この少年は――


 そのとき、いかなる神の悪戯か、一陣の風が吹いた。彼のフードがめくれあがる。


 青年は息をのんだ。

 そこには金色の瞳をもった少年がいたからだ。白髪のあいだからねじくれた双角が見え、その片方は途中で折れていた。


 間違いなく、話の中で語られた鬼だ。

 鬼とはかくも長く生きる種族なのか、それともわずかに舐めた『灰』の力が彼をここまで生きながらえさせたのか。

 疑問がいくつもあふれでた。


「あなたは……」


 青年が問おうとしたとき――


 世界が陰った。

 太陽が見る見るうちに欠けていく。

 青年はそれを呆然と見ていた。

 天に太陽が戻るまで、身動きひとつできずにいた。

 そこには、巨大な畏怖があった。確かな感動があった。


 ずいぶん長く感じたが、実際には短い時間だったようだ。

 気がつけば、空は再び光を取り戻していた。


 安堵の息をつき、彼に眼をむけたとき、何事もなかったかのように飄々としていた。


 再び、風が吹いた。


 そのとき、少年が立ちあがった。

 日蝕が起きても平然となんの反応も示さなかった彼が、驚きに眼を見開いていた。


「……においがする」


「え?」


 彼の声に応えるように、風が渦を巻いた。それはどんどん強くなり、眼を開けているのも困難になってきた。それでも青年は眼を閉じなかった。

 見なくてはいけないと胸のうちが囁いていた。


 そして、風は炎を呼んだ。

 最初は枝か葉に摩擦で火がついたのかと思ったが、青年はすぐにそれを否定した。


 この炎はもっと不可思議で、生命力に溢れている。

 炎はとどまることを知らず、天をついた。

 青年は本能から一瞬だけ眼を閉じた。


 そして再び眼を開けると、そこには生まれたままの姿の少女がそこにいた。染みひとつない真っ白な肌が眼に眩しかった。


 少女は眼を瞬き、状況がわかっていないのか、困惑して辺りを見回していた。


 そして少年に気がつき、少女は固まった。


 それに少年がわらった。


「四百年、待っててやったぞ」


 その言葉に少女はぽろぽろと涙を零した。


「本当に……四百年も、待ちおって……この馬鹿、ものが……っ」


 少女は、涙を零しながらわらった。

 優しい日の光のなか、ふたりの影が重なった。


 このとき青年は、奇跡を目撃したのだ。

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炎にまつわる鬼と贄のせっ記 宮原陽暉 @miya0123456

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