64 衝撃の真実

 悲鳴のような雄叫びが、腹の奥から轟いた。


 これほどみっともない悲鳴、私は生まれてこの方上げたことはない。恥部を暴露されたときも、これほどの悲鳴が上がらなかっただろう。……いや、あれはもう色々と通り過ぎて、最後には心神喪失しただけだったのだが。


「まあ、確かに今の佐藤はカスだからな。あんな男に惚れる奴の気もしれんと思うが、ちょっと前までは聖人と呼ぶのに相応しい男だったんだ」


「ユーリアも聖人時代の佐藤を知れば、鈴木が好きになったのもわかるはず。わたしたちも鈴木の気持ちはよくわかる」


「まさに男が惚れる男だったからな、あの聖人は」


 なんてこともなさげに、二人は続けて鈴木の趣味を肯定した。


 鈴木が佐藤に恋をしても当然なのだとばかりに。


 当たり前のように、男同士の恋愛を認めているのだ。むしろ肩入れしているくらいだ。


 ああ、本当に違うのだと思い知らされた。


 私たちは生まれた世界が違う。常識が違うのだ。


 男同士の恋愛が肯定されるような世界から、この男たちはやってきたのか。


 そして佐藤は普通に女が好きだ。


 男女の仲という健全な恋愛をしたいというのに、鈴木によってその全てをことごとく妨害されてきた。


 あまりにもヤバイ男に目をつけられた佐藤に、心の底から憐れみを抱いた。


 きっと鈴木はこの世界でついに女の身体を得て喜んでいるのだろう。しかもクリスティアーネという、極上の女の肉体だ。


 しかも嫁、と言ったか。佐藤はどうやら、この世界ではあのお姫様が一番好きだったらしい。


 本来得られないチャンスを得て鈴木は、ついに佐藤と結ばれようと意気込んでいるのだ。


 ソフィア、エステル。そして鈴木。


 とんでもない四角関係だ。


 他人事ながら、頭が痛くなる。


 私にはあまりにも理解できないその世界に、処理が色々と追いつかない。


 そして後ろより、こっちの設営の様子を見に来たのか、鈴木が現れた。


 この先彼をどのような目で見て、扱えばいいのかわからない。心が落ち着かず、決めかねている内にの登場だ。


「なによその顔?」


 よそよそしくありながら、呆れているとも、驚いているとも言える落ち着かないどっちつかずの顔。鈴木はそんな私を見て、怪訝に眉をひそめる。


「なぜここまでして鈴木が佐藤を妨害しているのか、その真の理由を聞かれてな」


「鈴木が佐藤ガチ恋勢であることを知って驚いてる」


「は!? なに勝手なことしてるのよ!」


 悲鳴のような声で鈴木は憤る。


 羞恥に染まるその顔は、知られてはならぬ恋心を知られてしまった乙女のものだ。


 間違いない。


 渡辺と田中は私を担いだのではなく、この男の恋心は本物なのだ。


 一言で述べれば、知りたくなかった。


 これから私は、鈴木を腫れ物のように接することになろう。


「今日まで妨害してきた理由が、まさか恋心だったなんてね……」


「べ、別に佐藤のことなんて好きじゃないわよ」


 バツの悪そうに鈴木は顔をそむけた。


 よりにもよって、私なんかに知られたのが凄く悔しそうだ。


「しかし驚いたわ。私たちとの常識の違いに。それともこれは文化の違い?」


「なんのことだ?」


 渡辺は私の問いかけの意味がわからないようだ、


 その価値観は当たり前に根付いているのだろう。この世界と私のことで知らないことはないと豪語するその男は、どうやら私の驚きがわからないようだ。


 仕方あるまい。私たちの間には、それほどの壁と溝があるのだから。


「男同士の恋愛よ。私には理解できない世界だわ」


「は?」


「え?」


「ん?」


「……うん?」


 三人一様に首を傾げるその様に、つい私も釣られてしまった。


 思っていた反応と違う。


 ああ、そういうことかと言われるのかと思ったが、ここまでハッキリ口にしても、私の驚きがわからないようだ。


「男同士の恋愛、か? まあ、俺も色んな作品を目にしてきたから、よろしくないとは言わんが……。三次元では無縁でいたいな、そういうのは」


「わたしたちはあくまでノーマル。そういうのを楽しめるのは創作だけ。リアルではマジ勘弁」


 渡辺と田中は訝しそうにしながらも、なぜ急にそんなことを言い出すのだ、みたいな態度である。


 どういうこと?


「……え? でも鈴木のことは肩入れするほどに受け入れてるじゃない。むしろ応援しているんじゃないの、貴方たち?」


「え?」


「ん?」


 やはり首を傾げる二人。


 なにかが噛み合わない。


 もっと根本的に、私たちの間ではなにかがずれているのだ。


 そう感じた途端。


「待って、待ってユーリア……」


 そんな現実受け入れたくはない。そう言わんばかりに鈴木は頭を痛めたように、片手を突き出し待ったをかけてきた。


 次に紡ぎ出される真実によって、私がしてきた勘違いが正されることになったのだ。












「まさか私のこと、男だと思ってるんじゃ……ないわよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る