7 四人で一番ヤバイ奴
63 真の理由
数日間に渡って行われてきた台覧戦。
お祭り騒ぎで学園は賑わってきたが、それも明日で最後である。
残るは決勝ただ一つ。
例年ならば間違いなく最高の盛り上がりを見せるのだが、今年はその光景が広がることはないだろう。
なにせ煌宮蒼一チームに対するのは、第二校舎チーム。
消化試合もいいところ。
今年最高の盛り上がりは、今日で終わってしまったのだ。
いっそルールをねじ曲げて、三井小太郎一人と第二校舎チームの戦いにしないか、と案が出ているくらいだ。
そう、佐藤にも私にも、明日の決勝に臨む理由はもうない。
くだらない理由でありながらも、なによりも激しい争いが、ついに終止符を打たれてしまったのだ。
そのせいか、またはおかげで、カノンチームがまさかの敗退。
過去最高水準の戦いであったが、やっていることはただの仲間割れ。改めてその事実を思い直せば、呆れてものも言えない。
あの三人を血祭りにあげると息巻いていた佐藤も、その結末がくだらなすぎて、
「ほんと、救いようのないカス共だな」
と、呆れたように毒気が抜かれていた。
だからもう、私たちのお祭りは終わったのだ。
お祭り後の余韻。
まさかそんなものが浸れる日が来ようとは、とそんな自分にクスリと笑いながら、縁側でそれが始まるのを待っていた。
庭キャン。
かつて断った、皆で楽しむイベントだ。
夕暮れ時の空の下、その会場は二人の手によって構築されていく。
サクラにケツを叩かれながら、ノロマなカノンが雨よけの天蓋を立てている。黒き黎明の力によって炭を起こし、私のために必死な姿で動き回る。
本当に滑稽であるが、もうその滑稽さにも飽きてきた。
あれの中身は上位世界より堕ちてきた、この世界を知り抜く生き字引。
愛と魂を私に捧げる、渡辺彦一郎という男にすぎない。
私の心をかき乱し、振り回してくるその様は、アホでとにかく気持ち悪い。だからといってカノンに戻ってきて欲しいわけでもなく、このままが一番いいのだとすら思っている。
まだ短い付き合いであるけれど、その肉体は最早、初めからあの男の持ち物だったように感じてきた。
カノンなんて男はもうこの世にはいないし、今やラクストレームの名くらいにどうでもいい。このままあんな男がいたのだと、忘れてしまう日が来るのかもしれない。
渡辺だけではない。
鈴木、田中、そして佐藤。
揃ってバカな男たちは、見ていてとにかく飽きないのだ。
あの日、たった一日で私の世界は変わってしまった。
私の幸福の器には、穴が空いていないのだと思い知らされた。
とんでもない辱めを受けたりはしたが、今の私は上々である。生きているだけで感じていた苦痛は、今やすっかり消え去っていた。
彼らからもたらされた恩恵は、私の縁故であったらしい姉にも与えられた。
もう自由の身だと、自らにもたらされた幸福を喜んでいる。
黒の賢者の眷属化。その力の代償は大きく、お兄様は未だ起き上がれずにいる。と言っても死ぬほどではないようで、しばらくしたら回復し、日常生活に影響を及ぼすことなく戻れるとのこと。ま、戻ってこなくてもいいのだが。
そんな起き上がれずにいるお兄様。エステルはそれを一切慮ることなく放って、私たちのもとへとやってきた。
感謝と共に頭を下げ、次にその顔を佐藤に覗かせたとき、そこには恋の色が宿っていたのだ。
ソフィアはそれにはっとしていた。自らのライバルが現れたのかと。
まったくもって、罪作りな男である。
ソフィアのこともそうだ。煌宮蒼一に擬態し、彼女の心を弄んでいるその様は本当にカスそのものだ。もう一つの意味でも、佐藤は罪作りであった。
さて、そんな二人と果たして、佐藤がこれからどうなっていくのか。
生娘ではないからと女をキープするカスではあるが、女と結ばれればそれはそれで大切にしそうな気はする。
エステルとの恋路を進めていた先で、ソフィアが生娘と知った時、果たして一体どちらを取るのか。
もしかすると上手くやって、両方手玉に取る未来があるかもしれない。
だが、そんなことは簡単には許されない。
なにせそんな彼の恋を妨害せんと、熱り立つ男たちがいるのだ。
これからも佐藤の恋愛は、成就し結ばれることは難しいだろう。
◆
佐藤は買い出し、鈴木は食材の準備に追われていた。
ソフィアとエステルは、入寮の手続きなどを行っている。渡辺が手を回していたおかげで、スムーズに入寮できるようにしておいたそうだ。その案内をソフィアが買って出て、それが終わればこちらに合流するようだ。
小太郎もまた遅れてくる。彼も彼で忙しい身なのだろう。なにせ元を辿れば国から送り込まれてきた諜報員なのだから。
「しかし、佐藤もあれで中々、とんでもない男ね」
すっかり慣れた安い味で喉を潤しながら、独り言のように呟いた。
「今回の戦略、一回戦が始まる前に伝えられていたけど、まさか全部が全部その通りに回るとは思わなかったわ。この世界を知り尽くす男を、ああまでも踊らすなんて」
ちょっと皮肉を込めてみた。
「くっ……」
会場設営を必死にしながらも、私の声を聞き漏らさんとはしてたようだ。悔しそうに歪むその顔は、かつて受けた辱め、その慰めになるほど愉快であった。
「今回は完敗だった。佐藤に人間勝負を仕掛けられていたのなら、俺も敗北を受け入れるしかない」
だが、あっという間にそれは諦めたそれに変わってしまった。
私のことが大好きなこの男。皮肉を混ぜ佐藤を褒めれば、顔を真っ赤にするかと思ったのだが。あてが外れた。あっさりとその結果を受け入れている。
「あら、てっきり負けたことを悔しがっていたのかと思ったわ」
「悔しいが、相手は佐藤だからな。あの男にああいった形で負けたのなら仕方あるまい」
意外な反応に面を食らった。
私にとってこの男共は、五十歩百歩、団栗の背比べ。似た者同士が集まった、程度の低い集団だ。
鈴木は色々と別格だったらしいが、残った三人はそんなに変わらないものだと思っていた。だがどうやら佐藤は、渡辺たちにとって一目置くほどの男のようだ。
「佐藤のこと、だいぶ評価しているのね。貴方たちにとってどんな男なのよ、佐藤は」
「努力で人生を切り開いてきた、なんでも器用にこなす聖人だ」
「人間の出来も、積み上げてきた物も、わたしたちとは全然違う」
なんてあっさりと言う二人。
もっと悩んだり、認めるのは悔しいがと渋々言葉が出てくると思ったのだが。心の底からそう思ってきたとばかりに、二人は佐藤をそう評した。
「手放しで褒めるのね。もっと嫌々そうな顔をすると思ったわ」
「本人の前では照れくさいから言わんが、あいつのことは尊敬している。佐藤以上に出来た人間を俺は知らん」
「本当に出来た男だから佐藤はモテる。それこそ鈴木の妨害がなければ、彼女なんて作り放題」
なんて、信じられない言葉が二人から吐き出された。
出来た人間?
いや、その意味はわかっているが、それと佐藤を結びつけることなんてできないでいる。
だって生娘ではないからと、キープだと言う男だ。むしろ真反対、対極的な表現ではないか。
……そういえば前にも佐藤のことを聖人だと言っていたか。
あのときはあれもこれもとありすぎて、一々そんな単語一つ拾っていられなかった。よくよく考えると、私の知っている佐藤に似つかわしくない表現である。
鈴木が佐藤の恋路を妨害している。
でも二人の仲は元々、ベストパートナーだなんて評されるくらいに良好だったと語られた。
「ねえ、鈴木って、なんであそこまで佐藤の恋愛を邪魔するのよ? 佐藤には『あのカスが俺に先を越されるのが気に食わないから』だと聞かされていたけど、本当にそれだけなの?」
なにか二人にはあるのかもしれない。私の知らないなにかが、二人に不和をもたらした真の理由が。
そしてそれを肯定するように、渡辺は顔を振った。
「もちろん、それは建前。言い争いになったとき、つい出てしまった本心を隠す嘘だ」
「本心を隠す嘘?」
やっぱり、嘘だったのか。
やはり鈴木には佐藤に恋人を作らせまいとする、真の理由があるようだ。
「うむ。そもそも鈴木は、誰よりも佐藤の幸せを喜べる奴だからな」
絶対に嘘だと言いたくなるような鈴木への表現。
「ならなんで妨害するのよ? 変な女に引っかかりそうだったならまだしも、佐藤の幸せを喜べるなら応援するところじゃない」
「それが佐藤に彼女ができて困る理由が、鈴木にはある」
「どんな理由よ」
「鈴木は佐藤ガチ恋勢。同担拒否の姿勢を貫いている」
息をするかのように、田中からもたらされたその答え。
聞き覚えのない単語の羅列。
え、と言う吐息も出てこない。
それでもガチ恋勢の意味くらいは、こんな私でもなんとなく察せられた。
「ガチ恋、勢……?」
それでもその意味を信じられず、つい声が上ずった。きっとそこには、私の知らないだけで違う意味が込められているのだと願って。
「ようは佐藤一筋ということだ」
渡辺はもまた、息をするかのようにとんでもない事実を肯定した。
その意味を理解しながらも、飲み込みきるのに十秒か。
まるでおこりのように身体が震えてきた。
駆け巡るこの感情は、最早驚きとかそういうのではない。慄きに近いものである。
佐藤を妨害してきた、とんでもない男の真実。
「鈴木って、そういう趣味だったの!?」
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