61 決着

 俺はやらかしたのだ。


 中学生にしてエロゲの曲を流すのは、いくら神ゲーのものとはいえやってはいけない蛮行だった。


 俺の蛮行は学校中へ広まった。


 エロゲの曲を給食中に流した男。


 男からは嗤われ、女からは気持ち悪がられた。


 誰がエロゲの曲を流したと広めたのか。知っている貴様も同じではないかと思ったが、結局、その犯人を知る機会は得られなかった。


 蒼グリは確かに俺の人生観を変えた。


 だがそれ以上に、俺の人生はあの日から一変したのだ。


 事件を起こして以来、俺についたあだ名はエロゲマン。


 『よう、エロゲマン』『うわ、エロゲマンだきも』などといった揶揄を恐れビクビクする日々を送っていた。


 底辺友人グループからは忌まわしき名で呼ばれることはなかったが、半笑いでエロゲの話を乞われるのだ。


 もうなにも信じられなかった。


 放課後になるとダッシュで帰宅して、部屋に引きこもっていた。


 引きこもったとはいえ、部屋の隅で体育座りをして、ただ時間を無為に過ごしていたわけではない。ゲームをやり続けていた。


 我が家にあったのは既にクリア済みのゲームばかり。今更それをやり直したいとも思えず、だからと言って、マルチプレイでわいわいやるゲームを一人でやるのも虚しいだけだ。


 新作を買うしかない。


 そうしてゲームショップの店頭で、俺は自らの変質に気づいた。


 魅力を感じていた名作タイトルに、一切惹かれなくなっていたのだ。


 ゲームの価値観は変わっていた。


 かつて名作タイトルに抱いてきたワクワクを、ノベルゲーにしか見いだせなくなっていたのだ。


 そうして俺は、次から次へと新しいノベルゲーに手を出し、それだけを支えに暗黒の中学時代を乗り切ったのだ。


 佐藤に出会わなければ今頃、もっと深い闇に堕ちていたかもしれない。


「そうして孤立してしまった貴方は、放課後一人部屋に閉じこもり、ノベルゲーの世界へと没頭した。マウスのクリックを、ひたすらポチポチと繰り返すだけの無味乾燥な日々。そんな日々を繰り返す中で、貴方は友だちとゲームを囲う楽しさを忘れてしまった」


 そう、あれ以来ゲームを友だちと囲うことはなくなった。


 放課後誰かの家に集まり、ゲームを囲うのをあれほど楽しみにしていたというのに。いつしか、誰かとゲームやりたいとすら思わなくなっていた。


「ついには神ゲーの定義すらも忘れしまい、クソゲーを神だと仰ぐ今の貴方は、もう人としての心を失ってしまっている。本当に素晴らしい作品というものが、今の貴方にはわからないの。思い出して渡辺。かつての貴方は、友だちの家でマ○カーやス○ブラではしゃいでいたはず」


 ああ、あの日々は本当に楽しかった。


 一位でゴール寸前だったのに、待っていたとばかりに飛んでくる赤甲羅。勝負を捨ててまでその場にとどまり、残った甲羅で弄んでくる高橋をひたすら罵り続けた。


 残機で勝っているときは、必ず道連れを狙ってくるゴリラ使い山本。勝ちたいから道連れを狙うんじゃない、道連れで負けて悔しがるその顔を見たいんだ! との主張。そんな奴を三対一で袋叩きにし、場外乱闘へよく発展したものだ。


 思い出すだけでも笑えてくる、そんな幼き頃の思い出。 


 だが、全ては遠い過去だ。


 もうあの日々は帰ってこないし、俺にはもうそれを楽しめる心も残っていない。


 だって、俺はどっぷりとノベルゲー沼にハマってしまったのだから。


 俺はもう、あのときの俺とは違うのだ。


「世間の顔色ばかり伺い、大衆に迎合したゲームなど今更なにが面白い! 映像に力を入れるばかりで、肝心な中身が追いついていないではないか!」


 ゲーム機はこの数年でどんどんどんどん進化している。


 あのときは待ちに待ち望んだ新機種。大人になったということか、今では毎年のように出ているようにも感じてきた。


 グラフィックの進化は眼を見張るほど。もうこれ映画だろといった作品が、次々と世に送り出されている。


 しかし、実際の中身はどうか。


 満を持して出てきたナンバリング作品が、次々と爆死していく。


 グラフィックだけで中身が酷い。やっててつまらん。


 俺はやってはいない。だがネットではそんな批判が溢れている。ネット民のゲーム批評は正しい。きっとその通りなのだろう。


 一方、ノベルゲーは素晴らしい。だってあんなにも中身が詰まっているのだから。


 人生観を一夜にして変えられるほどの力が、あれには宿っている。


「貴様はゲームで泣いたことがあるか? 心が震えるくらいに感動したことがあるか? ないだろう? 俺にはあるぞ。リ○バス、G線上○魔王、車輪○国、そして装甲○鬼村正! それだけじゃない、シ○タゲのような神作品が初めから全年齢向けとして生まれてきた。アニメを見てみろ。そうしたら貴様もこれは神だと叫ぶはずだ!」


 エロゲは決して万人が手を出すものではない。


 元がエロゲだとわかれば手を出しづらいのはわかる。俺だってそれでいいと思っている。ちゃんと棲み分けというものがあるのだ。


 だがノベルゲーには無限の可能性がある。


 実際、シ○タゲのような神が一般畑から生まれてきた。


 あの佐藤も『ヤバイ、マジで神アニメだった』と手放しに絶賛した。


 グラフィックを追い求めることが、ゲームの面白さに繋がるわけではない。


 全ては中身があってこそ。ゲームというのは楽しめるのだ。


「どれだけの神アニメでも、根っこがノベルゲーには変わらない。せめて貴方がゼロやペ○ソナに出会っていたら、わたしたちはもっとわかりあえたかもしれない」


 なのに所詮はノベルゲーだと田中は切り捨てた。


 俺たちはわかりあえない。そう言い切ったのだ。


 田中はエロゲを興じるも、シナリオゲーには一切手を出さない。奴がやるのは抜きゲーだけ。そこにシナリオの厚みなど求めていない。


 性の探求者、田中。


 奴にとってノベルゲーは、抜くための道具にすぎないのだ。


「だけどもう、なにを言っても無駄みたい。ゲームを観る貴方の目にはもう、萌えキャラしか映らない」


 それのなにが悪い。


 全ては中身あってこそだが、それでも目を引くものは引くのだ。


 米や野菜など、本来関係ないものに萌えキャラをパッケージに付けるだけで、こぞって普段買わない層が手を出してくる。


 中身が良ければ、きっと定期購入に繋がる。


 萌えキャラはあくまで、その始まりの入口、導き手に過ぎない。


 今や萌えキャラは、この国の立派な文化ではないか。


 そう声をあげても無駄なのだろう。


 わかりあう気がない奴と、なにを語りあえというのだ。


「……終わりにしよう、渡辺。わたしに貴方を救うことはできない。せめて友人として、全てをここで終わらせてあげる」


 そうだ、終わりにしよう。


 いつものように、この神剣を奴の腹へと突き刺すのだ。


 わかりあうことなど必要ない。


 こいつはもう、性癖を満たすだけの道具だと考えればいい。


 天を貫くように、高らかに神剣を掲げる。


 黒き黎明によって周囲のマナを掻き集める。それを全てこの神剣に込めながら、増幅し、圧縮し、それでもまだ足りないと魂をきしませる。


 空間が歪むほどのマナの奔流。


 ついに神剣は黒き輝きを放ち、世界を暗ませ眩ませる。




 ――これより放たれるは、この世の夜明け。


   かつて魔神を討ち取った、世界に黎明をもたらせた勇者の暁。




「あ……」


 それを振り落とし、御業の名を叫ぼうとした。


 が、叫べなかった。


 二本の刀を振りかぶる田中を見て、これだけはやってはいけないことだったと悟ったからだ。


 これから田中のやらんとしていることをわかっていた。


 だってこの構図を俺は見たことがあるのだ。


 そしてその結末を知っている。


 台覧戦一日目、原作の再現だと俺は喜んだ。


 そして準決勝。こうしてまたも、サクラファンならば誰もが歓喜に震わすだろう再現が、今ここに行われんとしていたのだ。


 向こうの準備は整った。


 全て断ち切らんとするその刃。


 一歩遅れて俺は、御業を叫ぶのを忘れながらこの神剣を振るった。




 ――ああ、わかっていたさ、この結末を……




 かくして夜明けの空は二分に断ち切られた。


 やはり人間、一度は死んで見るものだ。


 サクラナガシ。


 かつては震えたその秘奥を、まさかこの身に受ける日が来るとは。


 罪の証のごとくこの身体には、バツ印が刻まれていた。


 力を失い崩れ落ちる。霞んだこの目が、自らを罰した者の足を映していた。


「……今回は負けたが、次だ……次こそは貴様のリョナ顔を――」


「渡辺。貴方にはもう、次はない」


 全てを言い切る前に、あっさりとこの首は落とされる。


 首を落とされた人間が、一体どれほどの時間、意識を残しているのか。その実験を自分で行う日が来たようだ。


「蒼グリを神ゲーだと騙る貴方には地獄がお似合い。その地獄で文章ポチポチクリックゲーと、一生戯れてればいい」


 どうやらその言葉を聞き届けるくらいには、意識は残るようだった。

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