50 キッカケ
それは激戦だった。
わいわい盛り上がっていた観客たちの声が、それこそ静まるほど。
息を飲み、たった一秒でも見逃すものかと、目を剥きその戦いの行方を見守っている。
終わってみれば、その激闘は五分ほど。
ただしその五分は、一生彼らの胸の内に刻み込まれたかもしれない。
ただ、凄い、とだけ誰かが声を漏らした。
それ以上は必要ない。言葉を下手に飾り付ける必要などないとばかりに。
戦いの結末は、黒剣が振り下ろされたことで全てが付いた。
腹部に刺し込まれ、その身に受けた者は苦悶の表情をあげる。それこそ地獄の責め苦を受けているとばかりに、これでもかと大口を開く。
その悲鳴はここにいる誰の耳にも届かない。
届いたものはたった一人。
黒剣を振るった、大きな高笑いを上げているだろうその者だけだ。
素晴らしきものを独り占めしているかのように、恍惚とした表情すら浮かんでいた。
結果は下った。
戦いは終わった。
そして俺は思った。
「なにやってんだあのカス共」
バカかあいつらは、と。
食堂には至るところに、試合の様子は映し出されている。
プロジェクターのように壁に映すそれではなく、映像が宙に映し出されているのだ。まさにSFでよく見るあれである。
自分たちの試合が終わり、カス共の試合を見ようとすぐに食堂へ訪れたら、その仲間割れは既に行われていた。
内ゲバが行われた理由は知らんが、どうせ発端はろくなことではないだろう。
田中がまた蒼グリをクソゲー扱いして、渡辺が切れ腹パンし、ついに田中はその報復へと走ったといったところか。
俺たち四人は、現在一対三と対立している。
その三の中で、わざわざ試合中に内ゲバを始めるとか、実に救いようがないカス共である。時折映る鈴木の顔は、まさに呆れてものも言えないといった感じであった。
「サクラもまだまだだな」
と、いつの間にいたのやら。
矍鑠とした白髪の老人が、隣でポツリと声を漏らした。
「昔からボーっとしていたサクラだが、やれと言われたことは完璧にこなし、与えた全てを飲み込んできた。サクラは間違いなく天才だ。それこそ儂にはもう、与えてやれるものがないほどにな」
誰に聞かせているのやら、急に一人語りを始めたその爺さん。
どこか渡辺に似た気持ち悪さを感じたので、しれっと離れて距離を取る。
「しかしサクラの底はこれで終わるものではない。新たな頂上に辿り着ける器だ。切れるものを切るのは誰でもできる。切れなきものを切らんとするのが剣士というもの」
なのにその爺さんは、一定の距離をもってついてきた。
「サクラは天才だが……与えられたものだけ取り込んで、その先を目指そうとする意欲がない。新たに切るべきものを見つけようとしない。……今回の敗北を糧に、少しは変わってくれるといいのだが」
不意に方角を変えても、それにキッチリついてくる。それこそたまたまおまえと行き先が同じとばかりにだ。
「切れなきものを切らればならぬと、全てを断ち切る刀と成らんとする、その意思をその胸に宿す……なにかいいキッカケがあればな」
そこそこの速歩きで動いていたが、それを更に上回る速歩き。もうこれスキップだろうという速度を出しながら、その爺さんは俺を追い越し通り過ぎていった。
『キッカケが見つかればな』のタイミングで横並んだとき、ちらっとこっちを見てきたような気がする。
「佐藤。急に動き回ってどうしたのよ」
「変なジジイに付きまとわれていた」
ユーリアと小太郎のもとに戻ると、急に俺が動き出した理由を伝えた。
「ああ。あの人は、ローゼンハイムの御老公よ」
「てことは、あれが宮本武蔵か」
珍しいものを見たように、小太郎がちょっと嬉しそうな声を出す。
わかっていたことだが、あれが武蔵らしい。無駄な重要キャラが急にポッと湧いてきた。
全てを断ち切る刀がどうこう言っていたが、そのキッカケになることを勝手に期待されているようだ。
でも残念ながら、あれに入っているのはもうジジイの孫ではない。ただの薄汚いネカマである。
奴が俺のために断ち切らんとするのは精々、俺とヒロインとの縁だけだ。
田中が全てを断ち切る刀だなんだと到ることがあるとすれば、そのときはきっと、渡辺の首でも落ちたときだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます