4 カスパーティーを首になった俺は、追放先で最強キャラたちとパーティを組む。帰って来てくれと謝ってももう遅い。騙し裏切った代償を払わせるため、真の仲間たちと優勝を目指す。
30 エステル
五月も半ば、週の終わり。
この世界で生まれ変わって以来、初めて食堂で一人でランチをつついていたとき、
「貴様が煌宮蒼一だな。俺は貴様を認めない」
と、聞き覚えのない男の声がかけられた。
元は看板ヒロインであるクリス、初めて出会ったときに放たれた台詞だ。名台詞として語り継がれているらしいそれは、ファンディスク以降も雑に乱用されているらしく、ライターの底の浅さが垣間見えた。
顔を上げた先にいたのは、立ち絵が用意されていてもおかしくはない美男子だ。かといって記憶に残るほどの顔かと問われれば否であり、シナリオの都合上必要ではあるけれど、作品を彩るほどの華がない。
つまりサブキャラ。そんな面である。
アニメでは微塵も出てこなかった、初めて見る顔だ。
それでも俺はこの男の名前を知っていた。
「ダーヴィット・ラクストレームだな」
名が知られていたことを満足そうに、ダーヴィットは鼻を鳴らす。
ダーヴィットは渡辺の魂の嫁、ユーリアの兄である。と言っても腹違いの兄妹であり、二人の間にあるのは和やかなものではない。
ラクストレーム家は蒼の賢者の、正統な末裔だと自認している。けれどリリエンタールの主張も同じであり、常に二つの家は鎬を削ってきたとのこと。
ただし、大才に恵まれ続けたリリエンタールとは対照的に、近年のラクストレーム家は凡庸な世代交代を重ねることしかできないでいた。生じた開きは魔導社会への影響力にも及び、ここ数代ほどリリエンタールへ天秤が傾いているのだ。
才能や力に反し、一族の誇りだけは一人前にあるラクストレーム家。リリエンタールの下として扱われる屈辱は、怨嗟のように代々受け継がれてきた。
そんな家に生まれた当主たちの性根が、真っ当なはずがない。
次期後継者の餌をぶらさげて、腹違いの子たちを常に競わせてきた。しかも男尊女卑を地でいく様は、どれだけ恵まれた才を持とうと、女であるならばあっさりと見限った。
特に
クリスこそが蒼き叡智を手にするのだと、誰も自分たちを見向きもしない。それどころか兄妹の中で、唯一女として生まれたユーリアこそが、クリスの一歩前を行く俊才に恵まれている。
兄妹間で争わせる男尊女卑の一族だ。女というだけで後継者となれぬユーリアを嗤いながらも、しかしその才覚は天地の差。兄妹が抱くユーリアへの劣等感と屈辱と妬ましさは、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたスパゲッティのように、その誇りへと絡みついている。そんな彼らを歯牙にもかけないユーリアの様が、また負の感情を増長させていた。
ダーヴィットはそんなラクストレーム家の長男であり、次期当主の芽が一番出ている。ユーリアを除けば兄弟の中で、一番優秀であり仮にも名家だ。クリスやユーリアに遠く及ばずとも、学園では特別な目で見られていた。
自分こそが蒼き叡智を手にするに相応しく、奴の中で確定事項であったらしい。男尊女卑を高らかに掲げている男なので、クリスが手にすることはありえないとのことだ。
そこに落ちこぼれの煌宮蒼一が、蒼き叡智を掻っ攫った。後の彼の心情は、お決まりのパターンである。
「台覧戦で煌宮蒼一をコテンパにして、我こそが蒼き叡智に相応しい! と証明したいようだな。でもとうの本人が出場していないからそれもできない。こうなったら侮辱でもなんでもして、なんとか舞台に上がらせなくては。というのがおまえの用件だな」
「……え、あ……そ、そうだ。よくわかっているではないか」
「いいだろう、その安い挑発に乗ってやる」
横柄に臨んできたはずのダーヴィットが、虚をつかれたかのように狼狽えた。
不意打ちのように現れはずが、逆に不意打ちを食らったのだ。しかも目的は叶っているだけあって、引くに引けなかった。
「ただし賭けるものは賭けろよ」
「賭けろ、だと?」
「こっちは、くだらん見栄のために相手をしてやる立場だ。俺が上、おまえが下。下が上に頼み事をするなら、旨味くらいは用意するのが筋だろう。……それとも、十中八九負けることを考えると、なにも賭けたくはないか?」
強く歯を噛みしめる、ギリっと音が鳴った。
落ちこぼれと侮る相手を侮辱するつもりが、逆に侮辱されているのだ。ダーヴィットの腸は瞬時に煮たったことだろう。
「ま、賭けたくはないだろうな。所詮は落ち目の一族だ。クリスと比べたら木っ端も木っ端。誰もが知ってるぞ。ラクストレーム家で唯一優秀なのは、ユーリアだ、ってさ」
「いいだろう、煌宮蒼一! 賭けろというのなら、貴様の望むもの、いくらでも賭けてやる!」
憤りながらダーヴィットは言い切った。
身の丈に合わぬプライドを持ち合わせているだけあって、安い挑発にまんまと乗った。クリスとユーリアを同時に引き合いに出せば、簡単に挑発に乗るとは本当だった。
ここまで来たのなら、後はもうひと押しだ。
「それじゃあ、賭けてもらおうか」
ダーヴィットの斜め後ろ。
心配そうに成り行きを見守る、淡いブロンドの髪を揺らす少女に目を移した。
「エステル・エルダーリンを」
◆
高等部二年に、エステル・エルダーリンというヒロインがいる。
父親はラクストレーム家当主でありながらも、母親は家に仕える一介のメイドにすぎなかった。家の主人とメイドの間に、ラブロマンスがあったわけではない。自らが娶った妻たちよりも、彼女が美しかったからだ。
高価な壺を割ってしまった。表向きそれを庇いながら、裏では『わかっているな』である。後はもうエロゲ、エロ同人あるあるの展開を迎え、生まれたのがエステルであった。
エステルはその血縁を隠され育てられてきた。ただし、直系のラクストレームの血を引いたゆえに、捨て置くにはあまりにも惜しい、長男ダーヴィットに大きく勝る才能も有していた。
ならばと異母兄弟であるにも関わらず、ダーヴィットの近侍でありながら世継ぎを生む母体として、エステルを割り当てたのだ。
幼き頃に亡くした母の借金を背負わされ、エステルは自らの血縁の事実を知ることなく、不当な扱いに甘んじてきた。それがつい先日、母が残した手紙を遺品の中で発見し、事実を知ることとなったのだ。
ただでさえ嫌厭している男が、なんと異母兄妹である。それを知ったエステルのショックは大きく、何度も身投げをしようと試みたのだが、すんでのところで死ぬ恐怖が勝り、いつも未遂で終わっている。
誰も知ることのない自殺未遂。そんないつもの未遂で終わるはずだった一幕で、蒼一は彼女と出会うこととなった。
と、中々ハードな過去を持つ、メイド属性のヒロイン、エステル・エルダーリン。
俺の恋の行く手を阻むカス共が、こんな美味しいヒロインとフラグを立てるなど、許そうものがない。そもそもがそんなヒロインがいるなど、教えてくれるはずもない。
けれど、
「蒼グリ第二の嫁を救いたい」
渡辺が真摯な顔つきでそう願い出た。
いくらリーゼンフェルト家が筆頭貴族であろうと、他家の事情に口を出すことなどできない。下手に事情をややこしくするよりは、正規の攻略手順を踏むのが無難である、と結論を出したようだ。
鈴木たちも人道的観点から賛成した。女を物扱いする様に憤ったのだ。
こうして始まったエステル攻略は、迅速に行われた。ゴールデンウィークが終わった次の日、昼休みの屋上でフラグを立て以後計三回の接触を持って、エステルから置かれている立場を聞き出した。
渡辺の的確な指導があったとはいえ、そのスピード感たるもの実にちょろい。まあ、エステルが自暴自棄になりかけているということも手伝ってたのだが。
誠実な少年である蒼一は、そんな彼女に同情し、なんとかできないものかと悩むのだ。
そんな蒼一のもとにダーヴィットが現れるのだが、理由は先の流れの通り。試合に出る代わりに、もし蒼一が勝利を収めたのなら、エステルの所有権を頂く。代わりに自分が負けたなら、奴隷にでもなんでもなってやる、と男らしさを見せるらしい。
蒼き叡智こそ手に入らずとも、その力を持つ男を隷属させられる。ダーヴィットはその賭けに乗って、最後には負けエステルは解放されめでたしめでたし。そこからもう二つほど紆余曲折があるらしいが、ひとまずはここを目標にしていくつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます