27 もう一人のラスボス

「道具はわたしと渡辺で買いに行く。飲食物は佐藤たちに任せる」


 いざ決まれば割り振りは早かった。


 田中は役割を二分化した。その二分化した飲食物担当には、俺や鈴木だけではなく、ソフィアも含んだつもりだったのだが、


「ごめんなさい。わたし、今日は研究会の集まりがあって」


 どうやらソフィアは忙しいらしい。


 蒼グリは学園ものとはいえ、ここは魔法学園。中高生が取り組むような部活動がない代わりに、研究会というものが用意されている。


 中等部時代から蒼一に寄り添うソフィア。ソルの落ちこぼれに寄り添う、シエルの生徒というのは本来爪弾きにされそうなものである。けれどソフィアは、学園でも十指に入るほどの才を持つ魔導師だ。彼女を蔑ろにできる者などそうはいない。能力主義である学園らしく、正しい形でソフィアは周囲に認められている。


 つまるところ人気者なのだ。クリスやサクラほどではないが、とっつきやすい分、慕われているようである。


 なのでソフィアにも蔑ろにできない交友関係がある、ということだ。


「なら、それが終われば来たらいい。こういうのは皆で楽しむのが大事。準備に参加しなかったから、という遠慮はいらない」


 申し訳なさそうなソフィアだったが、田中の言葉に花が開くように微笑んだ。


 こうして後ほど合流するソフィアの背を見送った。


 俺たちもいつまでもダラダラ教室に残っているわけにはいかない。この後やることは決まっているのだし、テキパキと動き始めた。


「飲食物は任せたって言われたけど、何を買えばいいの?」


「網で焼ければ肉でも海鮮でも野菜でもなんでも良い。今日は気軽に手軽にやる」


「そのままただ焼いて食べるだけ、というのもつまらんな。よし鈴木、丸鶏も頼む。前にキャンプ動画で見た、ビア缶チキンっていうのをやってみたい」


「渡辺の頭は揮発性メモリなの? 気軽に手軽にやるって言った。庭キャンの発案者は仮にも貴方。なら設営から火起こし、片付けまで全部やらせるつもり。終わる頃には、手間のかかることをしなくてよかったとよくわかる」


「確かにベテランがいたとはいえ、初めて準備したときは大変だったな。特に炭起こしなんて、火がつかんのなんのって」


「こればかりは慣れ。上手く行かなかった経験を含めて楽しむもの。でも、今の佐藤なら簡単に火を起こせる」


「なんでだ?」


「貴方には蒼き叡智がある。きっとその力は、このときのためにあったもの」


「世界一無駄な生命の使い方だ」


「蒼の賢者もこれには泣くわね」


「黒の賢者は爆笑しているがな」


 教室を出てからもわいわいとしながら廊下を歩いていた俺たち。


 階段に差し掛かったところで、


「随分と楽しそうね、カノン」


 なんて声が背後からもたらされた。


 振り返る。


 ゆったりとした黒いパーカーを羽織っているその少女。今年中等部に入ったばかり、と言われても納得する小柄さ。しかし中に着ている制服は、高等部のものであるのを示している。幼さを残しながらも華がある美しさだ。


「毎日充実していそうで、羨ましいことこの上ないわ」


 お腹のポケットから手を出すと、真っ直ぐと見据えてくるその目。恨みがましく渡辺を捉え、俺たちにはまるで関心が見受けられない。


 横目で渡辺を見る。そっちも俺を横目で見ていたらしく、その顔は一瞬、強張った。


 ゆっくりと近づいてきたその少女は、渡辺を見上げる。


「顔を貸しなさい」


「……わかった」


 決して穏当とは言えない少女に、逆らうことなく渡辺は首肯した。


「悪いが田中。買い出しは任せていいか? 設営する前には戻れるはずだ」


「それは構わない、けど……」


 不穏な雰囲気に、田中もそれ以上はなにも言えない。その顔は連れて行かれる渡辺を案じてすらいた。




「ねえ、佐藤。さっきの娘、もしかして蒼グリの重要キャラじゃないの?」


 校内を出て、校門を目指す途中。難しげな顔をしながら鈴木は口を開いた。


「また、なんでそう思ったんだ?」


 一話切りしたにも関わらず、よくわかったものだと驚いた。


「あの娘のことが、クリスティアーネの記録に印象強く残ってるのよ。


 ユーリア・ラクストレーム。リリエンタール家とはまた別の、蒼の賢者の一族。どちらも自分たちこそが正統な末裔だと自認しているから、家同士は対立しているの。まあ、向こうは落ち目らしいから、クリスティアーネも始めは歯牙にもかけてなかったんだけど……ユーリアには悔しい思いをしてきたようね」


 呆れたように鈴木は続ける。


「学園に入学してからクリスティアーネは、常にユーリアの後塵を拝してきた。本人も力や努力不足を認めていたんだけど、仮にも家同士が対立しているもの。面白くはなかったようね。


 入学してから一度も接触はなかったんだけど、ついにユーリアを呼び止め、こう言ったの。『次こそは貴女に負けないわ』ってね。でも帰ってきた反応は――」



『私、家の事情には興味がないの。どちらの家が上とか下とか、そういった戯れはお兄様たちとして頂戴。面倒だわ』



「――よ。そしてそれ以来、ユーリアは試験をボイコットするようになったわ。それでクリスティアーネのプライドはズダズダよ。そこまでのキャラクターが、端役だとは思えないわ」


 すらすらと鈴木はユーリアとの因縁を口にした。


 どうやらクリスの記録を継いだ鈴木ですら、ユーリアの存在は印象強く残っていたようである。


「正解だ。アニメでのユーリアは、カノンに肩を並べたラスボスだったからな」


 鈴木も田中も目を見開いた。


「蒼一がカノンを倒すなら、クリスの手によって倒されたのがユーリアなんだ」


「ユーリアは世界を滅ぼしたい系女子というわけ?」


「そういう面もあるが、サクラルートではピンチに陥った蒼一の前に現れ、ボスの前に立ちふさがる。ソフィアルートでは始めは敵でこそあったが、最後には道を切り開く役割を果たすらしい。どのルートでも共通して言えるのは、最後には命を落とすキャラ、ということだ」


「なに……じゃああの娘、近い内に死んじゃうの?」


 印象強く残っている存在が、今日こうして目の前に現れた。思い入れがなくても、この先死することにとても複雑そうな顔をしている。


「あくまで、メインヒロインの三ルートでの話だ。でもユーリアはつまらない人生が彩られるならそれでいい。分が悪い状況に身を投げ出すことも厭わない、刹那的快楽主義者だ。この先どうなることやらな」


 カノン、という存在が渡辺に置き換わった今、ユーリアがアニメ版のような力を持つことはあるまい。自棄になって一人で世界を終わらそうと動くことはないだろうし、その力もないはずだ。


「ちなみに現在は、カノンに世界を終わらすのに一口乗らないか、と持ちかけられたのに乗ってから、しばらく待て、とお預けを食らっている状態だ」


「そんなカノンも、今となってはただのキモオタとなってしまった」


「渡辺の行動を振り返れば、ユーリアが憤るのも仕方ないわね」


 四月に入ってからの行動を振り返り、二人はユーリアに同情している。


 なにせ世界を終わらそうとしていた男が、俺たちと低レベルな諍いを日々起こし続けているのだ。ユーリア目線では、それが楽しそうに見えるのかも知れない。


 拍子抜けを通り越して、憎々しげな目を向け恨むのは当然だ。


「それにしても佐藤、なんでそんなにユーリアに詳しいの?」


 田中は首を傾げた。


「ソフィアの中古問題は知らなかったのに、他ルートのユーリアの流れを知っている。バランスがおかしい」


「そりゃあ当然だ。なにせユーリアは――」


 と、つい口が止まってしまった。


 目の前に驚くべきものが現れ、声を失ったのではない。なぜそんなことも忘れていたのかという、自らの愚かさに声を失ったのだ。


 今出てきたばかりの玄関口を振り返る。


「クソっ、なんでこんな大事なことを忘れてたんだ、俺は!」


 急に声を荒げる俺に、二人は驚いている。


 二人を置いて走り出す。


 カノン・リーゼンフェルトはもういない。中身はもう変わってしまっている。


 そんなこと知る由もないユーリアには、カノンの肉体にカノンとしての対応を求め接するしかない。


 だからこそあの二人だけは引き合わせていけなかったのだ。 


 このままではきっと、取り返しのつかないことが起きる。


 今この世界で、それを止められるのは俺一人。それを止めんとするのに迷いはなく、自分の役目としてこのときを待ちわびてすらいた。


 そういう意味では、ユーリア・ラクストレームを救えるのは俺だけなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る