第六十一話 売り込みの結果は…


 翌日。

 会社はお休みだったので、私はなんとなく実家の店を見守る事にした。

 近所の子どもたちは、魔法のボール遊びをしながらもアーケードを気にしているようだった。

 たまに学生や大人がやってきてコインを入れると、群れるように集まってくる。


「いけっ」

「そこだ、ヨグファイオ!」


 そして、プレイを見守りながら声援を上げる。

 稼働から数日が経ったが、クリアまで行く人はまだいないようだ。


「一番強いのはダルサムだよ。腕が伸びるんだから」

「あんなのハゲた変人だろ。やっぱゲイルがカッコいいぜ」


 少年たちはアーケードに群がり、熱心に語り合っていた。

 お金がない彼らなりの楽しみ方なのだろう。

 のどかな田舎の町に、小さくスタ2の音楽が流れ続けていた。


 と、そんな時。

 やたら重苦しい空気を背負ってやってくる女性がいた。


 二十歳くらいだろうか。

 彼女は懐から出したコインをアーケードの台に山積みして、ギラリとゲーム画面をにらむ。


「今日こそ、全員ボコボコにしてやる……」


 見た目に似合わず過激な発言をしながら、ストーリーモードを始めるお姉さん。

 選んだのは、ブラジルの野人だ。


「あ、また黒髪のねーちゃんだ。下手なのにまたやんの?」

「ケインも倒せないくせに」


 子どもたちがお姉さんの周りをうろつき、失礼な言葉を浴びせ始めた。

 どうやら、これまでにも何度か来ている人らしい。


「うるさい。あんたたち邪魔」


 お姉さんはキッズを押しのけ、ガチャガチャとレバーを動かす。

 一人目の敵はダルサムだった。


『ヨグファイオ』

「ぐっ……」


 敵の口から飛び出てくる炎に、彼女の野人は苦戦していた。

 玉砕覚悟で突撃技を放つも、巨大な炎の反撃にあってゲームオーバー。


「ダメだって。ファイオはガードするか避けないと」

「ねえお姉ちゃん、コイン一つちょうだい。僕がもっとうまいの見せてあげる」


 負けたお姉さんに、子どもたちは容赦なく言葉を浴びせる。


「ダメ。邪魔だからあっちいって」


 だがお姉さんはシッシと子どもを追い払い、コンティニューしてプレイを再開する。

 彼女は敵の伸びる手に苦戦しながらも、三回ほどコンティニューしてようやく勝ち抜きを決めた。


「次はチャイナガールだよお姉ちゃん」

「ぶっ潰す」


 キレた発言と共に、お姉さんは全力でボタンを押しまくる。

 すると、野人が体からビリビリと電気を発し始めた。

 触れた相手を感電させる必殺技だ。

 だがしっかり連打を続けないと、すぐに消えてしまうのが難点である。


「あっ……」


 案の定、技が消えた所をチャイナガールの素早い蹴りでやられてしまった。


「ちっ、このビッチ……!」


 怒りを露わにしつつ、即座にコインを入れてコンティニュー。

 彼女の挑戦は続いた。


 そして、十五回目のコンティニュー。


『どすこぉい!』


 プライドを捨てた彼女は、お相撲さんキャラに変えて何とかチャイナガールを撃破していた。


「よしっ、見たかこのビッチ!」


 負けたチャイナガールに罵声を飛ばすお姉さん。

 うん、その辺は格ゲーマーって感じだね……。


 さて、ここでボーナスステージだ。

 制限時間以内にパンチやキックで車を破壊する、謎のミニゲームである。


「このっ、このっ……」


 車破壊に全力を注ぐ女性の姿は、なかなか面白いものがある。

 それが終わると、四回戦は格闘家のリウだ。


『はこぉーけん!』

「くっ、またそれ……」


 彼女はまたしても、飛び道具に苦戦し始める。もはやボッコボコだ。

 コンティニューを繰り返し、山積みだったコインが溶けるように消えて行った。

 そして、最後の一枚。


『しょーるーけん!』


 リウの華麗なアッパーカットで、彼女のブランコはぶっ倒れた。


「うあああああああ……。また負けたぁ……」


 あれだけあった資金を完全に失った彼女は、台の上に泣き崩れた。


「ねーちゃん。ほんと下手だなあ」

「才能ないよお姉ちゃん」

「うるさい……うう……」


 子どもたちの残酷な言葉を受けながら、女性は泣いていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 さすがに気になったので声をかけると、女性は涙を拭って顔を上げる。


「私は、負けない。いつか絶対勝つ……」


 そう言って、彼女は席を立つ。

 そして、ステーションの方へと去っていくのだった。


 なんかお姉さんの青春ドラマみたいになってたね。

 まあいいや。あれだけ熱中してる人がいれば、他所でもきっと上手く行ってるだろう。

 そう信じて、私は休日を満喫する事にした。




 それから数日後。

 アーケードを売り込んでから十日ほどが経過し、ガレリーナ社はスウィッツの通常業務に戻っていた。

 そんな時。


「はい、はい。本当ですか、ありがとうございます」


 フィオさんが通話しながら立ちあがり、こちらを見た。


「マジックランドさんがアーケードを二台、そのまま買い取ってくれるそうです!」

「えっ、本当ですか?」


 私の問いかけに、フィオさんは嬉しそうに頷く。


「ええ、遊園地のお客さんがスタ2で盛り上がっているのを見て、決意してくれたそうです」

「やったわね!」


 私たちは仕事中だというのに、ハイタッチをして喜んだ。

 その後も、通話での受注は続いた。


「ええ、学生さんに凄く評判いいんですよ。初期費用もこれならすぐ取り戻せそうです。是非買い取らせて頂きたい」

「ありがとうございます。すぐに手続きを致しますので」


 私はデバイス越しに頭を下げ、すぐに発送の手配をした。

 もちろん場所や客層が合わずにダメだった所もあったけど、大半はそのまま購入を決めてくれたらしい。


 現場はどんな風になっているんだろう。

 そういえば、ブラームスさんの専門店が新装開店したという話だった。

 よし、行ってみよう。

 私は仕事を早めに切り上げ、ワープステーションで都外の繁華街へと向かった。


 大通りの外れまで歩くと、『ブラームス娯楽専門店』と書かれた店が見えてくる。

 入口にはスタ2の台が置かれているし、どうやらここみたいだ。

 ちょうど三人の男子学生が集まり、わいわい騒ぎながらストーリーモードをプレイしていた。


 ちょうど下校時間という事もあるのだろうか。

 始めたばかりなのに盛況しているようだ。


 店の中を覗くと、すぐ中央にスウィッツの本体が目に入る。

 その周囲には、ソフトのパッケージがズラリ。

 壁を見れば、ドラクアやゼルド、マルオのポスターが店内を彩っていた。

 これが、本格的なゲーム屋の第一歩なのだろう。


 内装に見入っていると、カウンターにいたブラームスさんが出迎えてくれた。


「やあ、マルデリタさん。よく来てくれましたね。いかがでしょう、私の店は」

「ええ、凄いお店になりましたね。ビデオゲームがこんなに大々的に扱われているのは、マルデアじゃ初めてでしょうね」

「ありがとうございます。何と言っても娯楽店ですからな。

お客さんの目を楽しませるために、気合を入れて内装を整えました」


 そう言ってみせるだけあり、見栄えはかなりのものだ。

 中にいるお客さんも、ゲームの展示に見入っているようだった。


「ブラームスさん、商売の方はどうですか」

「ええ。おかげさまで、スウィッツは順調です。利益が高いので、店を支えてくれそうです。

スタ2は日ごと稼働数が上がってきています。学生の口コミが大きいですね。

この時間帯には順番待ちも出来ているので、そのうちもう一台注文しようかと思っているんですよ」

「本当ですか?」


 私の問いかけに、店長さんは自信ありげに頷いてみせる。


「ええ、こうしてスタートを切ってみて、娯楽店の道が見えてきた気がします。

店で集まって盛り上がる。これですよ」


 彼はそう言って、感慨深げに学生たちの姿を眺めていた。

 近所の高校生らしい青年たちは、アーケードの前で楽しそうに話し合っている。


「遠くから"はこぅーけん"連発したら割と序盤勝てるよな」

「ははは、その戦法セコすぎだろ」


 彼らもストーリーモードの攻略に夢中らしい。

 まだ対戦には手を出していないのだろうか、互いをライバル視してる感じはなかった。


 ブラームスさんはゲームセンター的な方向性を目指すんだろうか。

 それとも、ソフトやグッズを豊富に揃えたゲーム屋さんを目指すんだろうか。

 どちらにせよ、私にとっては嬉しい事だ。


 とりあえず私は、店先で盛り上がる学生たちを撮影し、地球のSNSにアップする事にした。


『マルデアでアーケードの時代が始まりました!』


 そんな文章と共に画像をツイットすると、地球のゲーマーたちが喜んでいるようだった。


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