第五十五話 次のゲーム!  


 ドラクアの発売から二週間。

 ゲームの販売は好調に進んでいた。

 思ったよりスウィッツを買ってくれた人たちは、新しい遊びに対してオープンらしい。


 それに、本体の売り方を変えたのも効果は大きかったようだ。

 都内の玩具屋へ様子を見に行くと、店長さんが嬉しそうに話していた。


「以前からゼルドやテトラスを欲しがってたお客さんが本体ごと買う事も増えてね。値下げ分以上に利益が出ているよ」


 カウンターで話をしていると、小さな女の子がスウィッツを持って歩いてくる。


「400ベルになったから、ママが買ってくれたの!」


 マルオカーツの画面を見せつけてくる少女は、とても誇らしげだ。

 彼女はキャッキャと喜びながら走り去って行った。

 子どもにとっても、値段は親を説得するための重要なファクターになるらしい。


 会社のオフィスに戻ると、サニアさんが嬉しそうにしていた。


「社員の応募がまた一人来たわよ。有名学院卒みたいだし、通しても問題ないわよね」


 履歴書だけで通すって、それでいいんだろうか。

 疑問を抱きながらも、やはり人手は欲しい。


「そろそろローカライズ専用のオフィスを借りるべきっすかね」

「ええ」


 メソラさんの声に頷きながら、室内を見回す。

 ガレナさんと二人で立ち上げたガラガラのオフィスが、今や社員たちの荷物で溢れている。

 ゲーム事業の拡大は一歩ずつ、着実に進んでいた。


 メープルシロップも少しずつ口コミが広がったのか、シェラードさんの店以外からも発注が来た。

 会社が少しずつ大きくなっていくのを感じながら、私は仕事に打ち込むのだった。




 そして、一週間後。

 マルデアに戻ってから一月ほどが経った。

 今月はスウィッツが四万台近く売れ、ソフトも合わせてかなり大きな利益が出た。


 私は稼いだお金で四万個の魔石と、四百個の縮小ボックスを買った。

 荷物を輸送機に入れてポケットに仕舞えば、出発の準備は完了だ。

 いつものように研究所に向かうと、ガレナさんがワープの用意をしてくれていた。

 作業に打ち込んでいた彼女は、研究室に入ってきた私に笑みを浮かべる。


「やあリナ、来たか。いよいよ次はアレがやってくるんだな」

「ええ、しっかり入荷してきます」


 ガレナさんは次のゲームが楽しみなのか、準備に余念がないようだ。


 実は次の新作ゲームは、レトロオールスターを選ぶときに筆頭候補だった作品だ。

 あえて前回のオールスターからは外し、メーカーとローカライズについてしっかり議論してきた。


 格闘ゲームというジャンルをマルデアで成功させるには、どうすればいいか。

 話し合いの結果、やはり地球で『格ゲーブーム』を生んだアーケード機から出そうという結論になった。

 アーケードとは、ゲームセンターにある業務用の巨大なゲーム機の事だ。


 そう。今回は格闘ゲームの火つけ役、スタリーツファイター2の旅だ。


 『スタ2』の愛称を持つこのタイトルは、一対一で向かい合って戦う対戦ゲームである。

 マルデアでも一対一の魔術戦がスポーツとして親しまれているから、受け入れやすいと思うんだよね。


 ワープの目的地になる国も、ゲームに関連した場所になる。


 丁度タイのバンコクで、スタリーツファイターの大会が開催されるのだ。

 世界中のプロや腕自慢が集まり、しのぎを削り合うトーナメント戦。


 もちろん、日本のトップ選手たちも来る予定だ。

 そこに私は、ゲストとしてこっそり参加する事になった。

 メーカーとやり取りし、極秘のサプライズ参加を予定している。


 これは、スタ2のアーケードをマルデア向けに発売する前夜祭のようなものだ。

 ガチで勝ちに行くのは無理だから、まあ私は盛り上げ役だね。


 SNSで地球の格ゲーコミュニティを眺めると、その仕込みがちょっとした話題になっていた。


xxxxx@xxxxx

「タイの大会だが、リナ・マルデリタと言う名前でエントリーしてる奴がいる」

xxxxx@xxxxx

「ネタの偽名だろ。本人が来るとか無い無い」

xxxxx@xxxxx

「無名プレイヤーが目立つために変な名前つけたんだろ」

xxxxx@xxxxx

「ゴリゴリのリナ・マルデリタ(男)が来るんだろう……」


 誰も私だとは信じていないようだ。これはきっと、みんな驚くだろうね。

 さて、ワープの準備が終わったようだ。


「よし、目的地をタイの首都に設定した。私にできる事はやったぞリナ。しっかりアーケード機を持ち帰ってきてくれたまえ」

 

 ガレナさんは私の肩をポンポンと叩いてくる。

 彼女はまだアーケードの実物を見た事がないから、気になるんだろうね。


 ただまあ、一発でバンコクに降りれるとは私も思ってない。


「まあ、市街地ならどこでもいいですよ」

「うむ、しっかりと飛ばして見せよう」


 自信満々なガレナさんの笑みに、私は少しだけ不安を感じるのだった。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ。健闘を祈る」

 

 そうして、私はまたもマルデアから姿を消した。




 次の瞬間。

 私は青空の下にいた。

 カラッとした空気感。

 まっすぐ伸びるアスファルトの路面。

 ブルンブルンとバイクが二台、三台と通り過ぎていく。

 うん、バイク多いな。

 これがタイか。


 今回も魔術式のヘアバンドをしている。

 黒い髪になって帽子で耳を隠した私は、もはや地球の女子……、に見えるかな。

 堂々と歩いていこう。


 南の国といった感じで、木々もカサカサした感じだね。もう秋だけど、気候は温かい。

 少し進むと、市街に出た。

 商店のある通りは、人と活気に溢れている。

 グルグルと縄を回して遊んでいた子どもに声をかける。


「ねえ、ここなんていう町なのかな」

「パヤオだよ!」


 パヤオ……。うん。天空の城が浮いてそうな地名だね。

 ただスマホで調べると、首都のバンコクからはかなり遠いようだ。


 今回は会場まではバレずに行きたいし、お金はあるからタクシーでも乗って行こうかな。

 まずは乗り場を探さないと。

 私は町の中心に向かって、周囲を見回しながら歩いていく。


 と、路地の方で何やら騒ぐ声がした。

 見れば、若い男たちが集まっている。

 それも穏やかな様子ではない。

 ガラの悪い男たちに、黒髪の青年が囲まれているらしい。


「くそっ、俺のバイクを返せよっ! 必死で働いて買ったものだぞ!」

「嫌だね。サムットなんかにNINJAの新型なんて似合わねえんだよ」

「返してほしけりゃ、力づくでとり返してみな」


 どうやら、青年が買ったばかりのバイクを不良たちに取り上げられたらしい。

 なんて奴らだろうね。


「この野郎っ!」


 からかう男たちに、サムットと呼ばれた青年が拳を上げて立ち向かっていく。

 だが筋骨隆々な不良が、彼に容赦なく拳を叩きつける。


「ぐぅっ」


 腹にブローを食らったサムットさんは、紙きれのように吹き飛んで地面に倒れてしまった。


「けっ、雑魚が。てめえに250のバイクなんて百年はええんだよ」

「そうだぜ。サムットは今まで通りボロいスクーターでも乗ってろや」


 不良が青年のバイクに手をかけながら、嘲りの言葉を浴びせる。

 見てて気分の悪い光景だ。

 我慢できなくなった私は、彼らの前に出て行く事にした。


「あなたたち!」


 声を張り上げると、男たちが振り返る。


「なんだお前」

「可愛い外人の女の子じゃん。俺たちと遊びたいの?」


 不良たちは、私の姿を見てニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「彼のバイクを返してあげてください。あなたたちのやっている事は強盗に当たります」


 私は怯える事なく警告してみせるが、彼らは楽しそうに笑うばかりだ。


「はっはっは、違うぜ嬢ちゃん。俺らはサムットに教育してやってんだ」

「そうだ。実力で俺らから取り返せないようじゃ、このバイクに乗る資格はねえよ」


 どうやら、NINJAというのは不良たちにとってそれなりに格のあるバイクらしい。

 だからといって、こんなやり方が許せるはずもない。


「では、私が実力であなた方から取り返しましょう」

「は、はあ?」


 私の宣言に、彼らは驚いているようだった。

 こいつらを倒すのは簡単だけど、魔法を派手に出して目立つとあまりよくない。

 大会まではこっそり行って、サプライズしなきゃいけないのだ。


 なら、魔術に見えないように肉弾で戦えばいい。

 こんな奴らは、ストリートファイトで片づける。

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