第7話 師匠と弟子

 白く細い煙が、青い空に消えていく。

 丸太小屋の外に出たフォリウムは、籠をひっくり返し、ホリーの葉を山にして焚き火をしていた。


「ふひー、死ぬかと思った……」


 ドアを開けてヨロヨロとノノが出てくる。フォリウムが家を出てから間もなく解放された子供はやつれ果てていて、いつもはツヤツヤな尻尾の毛並みも観る影もなくボサボサだ。


「お師様、酷いじゃないですか。あんな凶悪なバケモノを野放しにしとくなんて。ボクに触手プレイは早すぎま……って!」


 悪態をつきながら近寄ってきた狐の子は、師匠の足元を見て飛び上がった。


「火! なんでボクが一生懸命採ってきた葉っぱを燃やすんですか? 焼くなら、あの寄生蛭にしてください!」


「……ノノは懲りませんね」


 フォリウムは思わず呆れてしまう。


「これは灰を作っているのですよ」


「灰?」


「ノノ、先にロウワンの実を軒下に吊るして乾燥させてください」


「はーい」


 子供は素直に小屋の軒に赤い実を下げて戻ってくる。


「で、ボクが採ってきた植物で何作るんですか?」


 あくまで自分の手柄を主張する弟子に、師匠は苦笑する。


「石鹸です」


「せっけん?」


 鸚鵡返しするノノに頷く。


「レナロッテさんに憑いている魔物は聖水に溶けました。ならば魔物の忌避する物で洗えば、もっと綺麗に落ちると思いませんか」


 狐の子は金色の瞳を上目遣いにして、


「お師様が、あのバケモノの三助になるってことですか?」


「ノノは色々な言葉を知ってますね」


 どこで覚えてくるのだろう、とフォリウムは内心首を傾げる。


「……なんで見ず知らずの人間のために、お師様がそこまでするんですか?」


 頬を膨らませて、ノノが呟く。


「あの人が死にたくないって思うのは自由です。でも、人なんて放っておいても数十年で死ぬんですよ。お師様が手を尽くして、ほんの少し延命させることに何の意味があるんですか?」


「……意味がないことは、してはいけませんか?」


 フォリウムは幼子を諭すように、質問を質問で返す。


「意味など所詮後付けです。過去を振り返った時、今の自分に繋がっていたと気づくこと。私はただ、レナロッテさんの“生きたい”という願いを尊重したいだけです」


「ボクには全然解りません」


 ますますむくれる弟子の頭を師匠は優しく撫でる。


「解らなくていいのです。それがノノで、それが私です」


 ……やっぱり、フォリウムの言葉は難解だ。

 魔法使いは白樺の杖を振るうと呪文を唱え、風を呼んで火柱を巻き上げる。空気を孕んだ火は勢いよく燃え上がり、あっという間に木の葉を灰にした。


「このホリーの灰で灰汁あくを採って、ロウワンの実はすり潰して粉にして混ぜましょう」


 冷めた灰をバケツに掬いながら、フォリウムが言う。それから、ぶすっと不機嫌に箒で灰を集めている弟子に目を向ける。


「ノノ、いつもありがとう」


 はっと顔を上げた狐の子に微笑みかける。


「あなたが怒ってくれるから、私は私で在り続けられる」


 ノノはちょっと泣きそうな顔をしてから、背の高い師匠の足にしがみついた。


「ボクは、お師様がいれば、それだけでいいんです」


「ええ」


 三角耳をぺたんと下げて顔を押し付けてくるノノの赤髪頭をよしよしする。


「それと、どんなにボクを甘やかしたって、今日の晩御飯は抜きですからね」


 鴨はレナロッテに食べられてしまったのだから。

 顔を上げずにねたままの弟子に、今度は師匠が緑の瞳を上目遣いに考えて、


「では、これから二人で魚釣りにでも行きましょうか?」


 途端に子供は狐耳をピンッと立てた。


「はい!」


 大きな返事で二パッと全開に笑う。

 師匠はようやく弟子の機嫌を直すことに成功した。

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