第57話 このカフェに悪の栄えた試しなし!!

 とある朝。

 僕は誰よりも早く起きて、厨房に立つ。

 早起きは少しばかり辛いけど、それよりも幸せなことが多いから苦ではないのです。


 その日のカフェの仕込みの確認を済ませたら、朝ご飯を作ります。

 冷蔵庫にはマスターが毎日食材を補充してくれるので、メニューには困りません。

 いや、何を作ろうかなと悩むことは割とありますね。


「おはよー。青菜ー」

「おはよう、たんぽぽちゃん。牛乳淹れるね」

「んー。ありがと」


 最初に起きて来るのは、三女のたんぽぽちゃん。

 月曜日の朝から6時半起床は頭を撫でまわしたくなるくらい立派。


 それから30分くらいすると、目のやり場に困る次女が下りてきます。


「おはようございまふー。わぁ! 今日は和食ですね!?」

「セリ姉、おはー! って言うか、パジャマちゃんと着なよ。パンツ見えてるよ」

「いいんだよ、たんぽぽちゃん。もう慣れているから」


「ほらぁ! 青菜さんの愛に溢れた言葉を聞きましたか!? これぞ夫婦愛!!」

「はいはい。あ、今日の占い、セリ姉最下位だったよ!」

「ちょっと! なんでそんな情報をわざわざ教えてくるんですか!? 知りたくなかったです!!」


「だってウチ、ナビ担当だし! にっしっしー」

「許せません! たんぽぽなんか、こうです! ドーン!!」

「うあー! ヤメろー!! 顔におっぱい乗せるなー! 新聞読めないじゃんかー!!」


 じゃれている2人には申し訳ない事を頼まなければなりません。

 僕が行っても良いんですけど、今はほら、鮭焼いてますから。


「2人とも、マスターと蘭々さん起こしてきてくれる?」


「じゃあ、ウチがパパ!」

「ズルいですよ! わたしがパパです!」


 年頃の娘に取り合いされる父親。

 これは世の中の娘の反抗期に苦しむお父さんが見たら、悔し涙案件ですね。


「じゃんけんです!」

「負けないかんね!」


 3度に渡る真剣勝負の結果。


「やりましたー! やはり勝利はブイ! チョキが最強なのですよぉ!」

「うあー! 負けたぁ……!! 分かったよー。ララ姉起こしてくるー」


 そして5分でマスターが登場。電気シェーバーと共に。

 ひげ剃るなら洗面所でお願いします。あとで掃除するの大変なので。


「もー! ララ姉、自分で歩きなよー! 重いー!!」

「だってさー、お姉ちゃんまだ眠いんだもんー。それを起こしたたんぽぽにも責任があると思うんだよねー。ういー」


「うあー! ヤメろー!! おっぱい触るなー! なんでウチのお姉たちは、どっちもおっぱい乗せたり揉んだり! バカなんじゃないの!?」


 たんぽぽちゃん、この期に及んだところで、何か見てはならない核心に触れる。

 それは出来れば言わないで欲しかったな。

 だって、僕もずっと思っていたのに、見て見ぬふりを続けていたんだから。


「さあ、ご飯にしましょう。今日は目玉焼きに鮭の切り身、ほうれん草のお浸しとお味噌汁。きゅうりのぬか漬けも良い感じに仕上がってますよ」


 追加で、たんぽぽちゃんにはタコさんウインナー。

 芹香ちゃんにはお弁当のおかずの残りのミニハンバーグ。

 蘭々さんにはおっぱいが喜ぶシェイク。


「いただきまーす!」

「んー! 今日も青菜さんのご飯は美味しいですね!!」

「青菜くんのシェイクのおかげで、なんだかおっぱい大きくなった気がする!」


「あらあら、まあ。もうすっかり青菜ママに餌付けされちゃったわねぇ」

「マスター。僕、マスターは継ぎますけど、オネエは継ぎませんよ? 最近やたらとママって呼びますけど。ヤメてください」


「んもぅ! ワタシは諦めないわよぉ! 今に見てなさぁい!!」


 こうして、今日も元気に1日が始まるのです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おーっす。青菜! 講義終わったんか? じゃあ、一緒に飯食いに行こうぜ!」

「私も行く! ハーブ部で仲良くご飯に行こう!!」


 大学生活にもすっかり慣れて、毎日充実しています。

 お昼時になると、邦夫くんと美鳥先輩が血眼ちまなこになって僕を探すんですよ。

 まったく、2人とも寂しがり屋さんなんだから。


「横山くん! また青菜くんが失礼な勘違いしてる気がする!!」

「もう、良いんすよ。俺、青菜がぼっちじゃないなら、何でも良いんす……」


 そして、ちょいちょい2人して内緒話をします。

 あれ? もしかして2人、付き合ってます?


「おっしゃ! 今日は肉食おうぜ! 青菜! 肉!」

「あ、それよく中学生の頃に言ってたよね。お前が青菜なら、俺はお肉だって」

「どゆこと? あー! 邦夫を逆さにするとか! なんだなんだ、君たち、バランスの良いコンビだったんだね!」


 邦夫くんは金髪ドレッドをそろそろヤメるらしいです。

 まめた豆腐のアルバイトを始めてから「ぶっちゃけ邪魔なんだわ!」とよく言っています。


 美鳥先輩は単位をあと2取れば卒業なのに、頑なにその講義に出ようとしません。

 これは多分、本当に来年もハーブ部にいるような気がしてなりません。


「よぉ! 邦夫に青菜! なに、飯行くの? 美人メガネ先輩、ちわっす! オレらも一緒に行って良いっすか?」


「んー。それは青菜くんに決めてもらわないとだね!」

「そうだぜ、青菜! こいつらお前と飯食いてぇんだってよ!」


「もちろん良いですよ。僕と一緒で構わないなら。でも、なんでまた?」


「そりゃあ、青菜くんには助けてもらったからなぁ」

「オレも! 青菜に救われたエピソード語って良い?」

「それもう聞き飽きたっつーの! 植木がいいヤツなんて、既にそこら中に広まってんだろ!」


 なんだか知らないうちに、僕のお昼ご飯が賑やかになった気がします。

 普通の事しかしていないのに、どうしてでしょうか。


 多分、邦夫くんと美鳥先輩の求心力ですね。


「青菜ぁ……! お前ってヤツは……!!」

「いいんだよ、横山くん! 私たちは見守ろう! 青菜くんのキャンパスライフを!!」

「うっす! 良かったなぁ、良かったなぁ!!」


 そうそう、この前みんなでラウンドワンに行ったんですよ。

 ボーリングしたり、カラオケしたり。


 これって僕、もうパリピですよね?



◆◇◆◇◆◇◆◇



 大学が3限で終わったら、晩ごはんの買い物をしてカフェに帰宅。

 夕方の仕込みをしつつ、みんなが帰って来るのを待ちます。


「そう言えば、青菜くぅん。お母様に仕送りしたんだってね? 随分喜んでいらしたわよぉ! この、親孝行者!!」

「ヤダなぁ、マスター。また僕の知らないところで母さんと電話してるんですか?」


「良いじゃないの! ところで、そろそろコーヒーの淹れ方についても教えようと思うんだけどぉ。やってみるかしら?」

「本当ですか!? もちろん、チャレンジしますよ!!」


 フラワーガーデンのコーヒーは伝統の味。

 マスターが厳選したコーユー豆を、秘伝の焙煎ばいせん方法で仕上げ、丁寧に抽出した至高の一杯は、多くの人の心を癒す。


 僕も、そんな風にコーヒーを淹れられるようになりたい。

 まだまだ、勉強する事でいっぱいです。


「ただいまー! 青菜ー! お腹空いたー!!」

「たんぽぽ、ズルいです! どうしてわたしより先にただいまって言うんですかぁ!!」


「おかえり、2人とも。一緒だったんだね」

「うむー。今日もしっかり勉強してきたようでー。なによりであるー」


「ララ姉、いつからそこにいるの?」

「わたしの記憶だと、朝ごはん食べ終わったらソファで寝転がってました!」


 全員揃ったところで、何か摘まめるものでも作りましょうか。


「みんな、何が食べたい?」


「パンケーキがいい!」

「わたしは青菜さんの作ってくれるものならなんでも!!」

「お姉ちゃんはねー、おっぱいが喜ぶ系のヤツがいいなー」


「あらあら、まぁ。青菜くんにはお世話かけるわねぇ!」


 何をおっしゃいますか、マスター。

 これは僕が望んだ道であり、僕が望む未来に続いて行く今なんですから。


 こんなに愛おしい時間ってないですよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 まだ開店していないお店のドアが、やや乱暴に開けられました。

 そこに立っているのは、10代後半の女の子。


 息を切らせて、表情も明るいようには見えません。

 そして彼女は言うのです。



「すみません! あの、裏メニューってありますか!?」



 僕は、まだ自分では淹れられないコーヒーをマスターから受け取り、彼女を奥のテーブルへご案内。

 なるべく優しく穏やかな声になるよう心掛けて、答えます。


「もちろん、ございますよ。その前に、コーヒーをどうぞ。落ち着きますから」

「あ、ありがとうございます」


 こうして、今日も『花園』は困った人を助け、悪をへし折る日常へ。

 皆さんも、この街に来られた際には、是非お立ち寄りください。



 秘密の花園でコーヒーを一杯、いかがですか?





 ————完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る