14

変わらない人柄、変化する関係性


「やあ」

「……陛下?」


 王宮の受付にて。

 旦那様に頼まれた書類を提出していると、後ろからなんと陛下がいらっしゃった。

 どうやら、この奥の部屋で会議でもしていたらしい。先ほど、サレン様のお部屋を覗いたら空っぽだったからそれ関連だろう。

 でも、今は陛下しかいない。サレン様やクリステル様は、どこへ行ったのやら。


 私は、書類が受理されたのを確認してから、陛下と向き合った。


「いやあ、変わっておりませんなあ」

「アドリア……アインスも、全然変わっていないじゃないか」

「いえいえ、歳を取りましたよ。いつぞやは、お手紙をありがとうございます。お返事が書けず、失礼しました」

「そんなこと。それより、時間はあるか? ここじゃ目立つから、執務室にでも遊びに……」

「陛下。執務室は、遊びの場ではございませんよ」

「む、そうか……」


 周囲の視線を浴びつつ陛下とお話をしていると、以前と変わりないお姿に安堵する。昔の陛下も、こうやって頻繁にサボろうと誘ってきたものだ。クリステル様が、それをひと睨みで静止させ、渋々仕事に戻るなんて光景は日常だった。懐かしいな。

 しかし、目立ちすぎだ。どこの馬の骨かもわからない人間が、こんなところで陛下と話して良いわけがない。


 あとは、宮殿へ出向いてサレン様に薬を渡して帰るだけ。

 なので、少しだけで陛下とお話する時間はありそうだ。それに、耳に入れていただきたい情報がある。どこか、別の場所でお話できれば……。


「では、宮殿の中庭はいかがでしょうか? よく、エルザ様がアリスお嬢様と一緒にお茶をしたあの場所で」

「本当か! それは願っても……ん? アインスは、アリスを知っているのか?」

「最近、偶然知りまして。では、行きましょうか」

「陛下! 陛下!」


 と、歩き出したところで、騎士団の制服を着込んだ男性が走ってきた。まさに文字通り、一心不乱になってこちらに向かってきている。あんな走れるのは、若い証拠だな。私は、もう無理だ。


 しかし、人の目があるというのに、あそこまで慌てた行動をするのはいただけないな。今は、貴族しかフロアに居ないようだが、一般窓口の方へ手続きに来た領民が見たら何事かと思うだろう。……なんて、私が口を出すところではないか。


「なんだ、フリール。もう少し静かに歩きなさい」

「し、失礼しました! えっと、その」

「落ち着いて。歩きながらでも良いか?」

「は、はい!」


 どうやら、陛下も同じことを思ったらしい。

 フリール殿と呼ばれた若き団員は、陛下の言葉にやっと周囲を見渡すだけの余裕ができたようで、キョロキョロとしながら頭を下げている。素直で良い子だ。


 さて、こうなったらお暇しようかと思うも、陛下の手が私を呼んでいる。これは、断れないな。

 カバンを持ち直した私は、そのまま2人の後を追って歩き出す。


「で、何用かな」

「はい! こちら、隣国からの早馬が来まして」

「隣国から? 失礼する」


 どうやら、カウヌ国の宰相から手紙が来たらしい。封蝋が、宰相の印になっている。

 カウヌ国は、元老院制度がなく、代わりに宰相が存在する国だ。法管理する「法務省」という場所もあるらしい。この国も、そうやって取り仕切れば良いのだが……。王族が何度か元老院側に提案するも、跳ね除けられているらしい。仕事がなくなるわけではなく、組分けができるというだけなのに。

 この「昔」を尊重する姿勢が、奴らが好きになれない一因だと思う。……決して、私の話を聞かずに罪名を付けたからではない。


 まあ、それは置いておき。

 陛下は歩きながらその手紙を読まれると、すぐに表情が険しいものになっていった。


「フリール」

「はい!」

「ヴィエンを呼んで来てくれるか? 今日は、確か演習場で指導をしていたと思う」

「承知です!」

「走らずに、な」

「は、はい!」


 隣国からの早馬だ。何か、とても重要なことが書かれているのだろう。

 私は、フリール殿の背中を見送りつつ、陛下の後ろについて歩いた。


「さすがですな。騎士団員の予定を把握しているとは」

「いやいや。アレンが、無理矢理「今日の予定です」と言って持ってくるんだよ。それが仕事の合間に落書き帳になるのだが、描いているうちに名前と居場所を覚えてしまうというだけだ」

「ははは! 陛下らしいですな」


 どうやら、いまだに陛下はお絵描きがお好きらしい。昔もよく、猫を描いてはクリステル様にゲンコツを食らっていたな。


 こういう時、下手に「何があった」のかは聞かない方が良い。なんせ、私はもう宮殿侍医ではないのだから。昔のように、相談役になるわけには行かない。

 しかし、陛下が話しかけてくるのはわかっていた。


「アインスよ。先ほど、アリスの話題を出したな」

「出しましたが、何か……」

「今な、カウヌの宰相から告知が来た。……今まで行方不明だったアリスの母親が、そちらで罪を犯したらしい。1週間後に、仲間と共に公開処刑されるそうだ」

「……なん、と」


 わかっていたが、話題までは読めなかった。

 そうだ、彼女の母親と確か領民長が行方不明だと聞いていたな。まさか、隣国に居たとは……。陛下の表情を見る限り、不正入国だろう。知っていれば、発見されたという知らせがあの時検死をした私の耳にも届いているはずだしな。


 にしても、彼女はどうやって屋敷でのあの惨殺を免れて隣国へと行けたのだろうか。犯人側にいない限り不可能に思ってはいたものの、まさか隣国に行って放火をしていたとは。

 いや、放火と殺人は結び付けずに、別物で考えた方が良い。ピースがまだ集まっていないし、決めつけはよくないだろう。


 脳内で色々考えをめぐらせている最中も、陛下は歩みを止めずに前を向いている。

 その気持ちは、表情の見えない私からはよくわからない。


「元老院宛じゃなくて、良かったよ。私に秘密裏で処刑されるところだった」

「……陛下は、アリスお嬢様の最期をご存知ですか」

「忘れもしない。……あれは、エルザの話を聞かなかった私の失態だ。忘れられないよ、あの子のことは」

「では、見殺しにしてもよろしいかと」

「……アドリアン。私は、人の上に立つものだ。だから、人を恨むことはしない。罪を憎んで恨む、そう先代から教えられているんだよ」


 王宮と宮殿をつなぐ渡り廊下で、夕日を浴びながら陛下はそうおっしゃった。

 隣を歩き、その表情も見たい。衝動的に歩みを早めるも、すぐにそれが自分の役目ではないことに気づく。


 しかし、その声は、陛下にしては珍しく感情的なものだった。

 だからこそ、私はその表情を見てみたいと思ったのだ。私のことを本名で呼んだその顔を。


「左様ですか。であれば、事情を聞かないと」

「罪名は、放火。数日前に全焼した、モンテディオに放火したのがアリスの母親……マリアンヌ・グロスターとのことだ」

「モンテディオと言えば、薬学に特化した施設じゃないですか! 周囲への影響は……」

「やはり、知っとったか。そこまで書いていないよ。自分の目で確かめろってことだと思われる」

「……カウヌの宰相は、敵か味方かはわからないお方ですね」

「私の方が、話が通じるとでも思ったんだろう。それに……」

「……?」


 もう少しで宮殿へ入るという時、突然強い風が渡り廊下を通り抜けた。その音によって、陛下の言葉が遮られてしまう。

 もう一度聞こうとしたが、陛下はそんな風を気にする様子もなく宮殿へと足を踏み入れている。その背中に、声をかける勇気はない。


 ……罪を憎んで、人を憎まず。


 私は、陛下に毒に関して気づいたことを話してみようと思った。

 部屋についたら、言ってみよう。彼なら、サレン様を軽蔑せず私の話を聞いてくれることだろう。私が何故、すぐに彼女の毒を製造できたかの話もそこですることにして。


「アインス、クリステルがエルザに捕まってるんだ。少しの間だけ、補佐を頼む。……なんて言ったら怒るかな」

「……いいえ、喜んで」

「サレンの様子も見てくれているのに、すまんな」

「とんでもございません」


 サレン様のお部屋に向かうのは、その後で良いか。

 ああ、フォンテーヌ家に戻るのは深夜になりそうだな。でも、例の書類は提出できたから、サルバトーレ様が処刑されることはない。……全く、旦那様は拾い物が多すぎるよ。

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