全員マイペース



 サレン様への尋問会を終えた私は、執務室へ戻る前に、全身を清めるためエルザ様専用のバスタブをお借りした。……というか、現在進行形でお借りしている。

 まるで別世界のような豪華な飾り付け、今まで嗅いだことのない良い匂い……とにかく、私の住むところとは全く違う。


 それまでは、確かにサレン様のご様子がいつもと異なり心配していたの。

 でも、中庭でお会いしたエルザ様に「身体を流して来なさい」と言って湯専用の侍女を押し付けられた時に、全ての感情が吹っ飛んだ。


『毒が付着しているかもしれません』

『だから、入るのよ』

『王族でもないのに、お借りするなんて恐れ多いです』

『じゃあ、今だけ養子になりましょうか』

『それに、まだ勤務中です』

『毒を落とすのもお仕事のうちでは? 主人に毒が行ったらどうするの?』

『……サレン様をお部屋に移動させたばかりなので、様子を見に行きたいのです』

『では、その後に使ってちょうだい』


 みたいな感じで、全部言葉を返されてしまったの。

 それに混乱した私は、「お腹が空いてるので……」とか、よくわからないことを言ってしまう始末。エルザ様に、食い意地が張ってる人だって絶対思われた! 恥ずかしい!


 とにかく、その後少しだけ落ち着いたサレン様の様子を見に行って安心した私は、不敬覚悟でエルザ様のバスタブどころかお部屋を丸っとお借りしてしまった。……ごめんなさい、父様。


「湯加減はいかがでしょうか?」

「ちょ、ちょうど良いです。……あの、私1人でも」

「いけません。エルザ様から、最初から最後までお世話するよう言われておりますので」

「……はい」

「出ましたら、エルザ様のお洋服からお好きなものをお選びください」

「ぶっ!? え、あ、そ……?」

「エルザ様から、最初から最後までお世話するよう言われておりますので」

「……はい」


 ありがとうございますの一言くらい言えないの!?

 いや、でもあの……不敬を通り越して、明日死刑になってもおかしくないのでは? 確かに、洋服にも毒がついているかもしれないとはいえ。


 温かい湯船の中、私は身体を縮こませる。

 すると、湯の専属侍女が、


「エルザ様に、以前お気に召していたご令嬢がいらっしゃったのをご存知でしょうか?」


 と、言いながら私の髪に櫛を入れてくれた。


 きっと、主人から聞いたのね。

 湯の中では、いろんなお話をしたくなるもの。エルザ様にとっても、それは例外じゃないみたい。


「……私が知っているご令嬢は、5年前のお方です。それ以外は存じ上げません」

「私も、そちらのお方以外は存じ上げませんわ」

「その方がどうされたのですか?」


 エルザ様は、アリスお嬢様を我が子のように慕っていた。

 きっと、私が潜入捜査の中間報告をする度に同情を寄せたのね。すぐにでも養子にしたいと何度も陛下に申し入れしていたのだけど、結局最後まで首を縦に振らなかったとか。この辺りは、陛下の侍女から聞いたお話だから噂話と思っていた方が良い。

 でも、そのあたりからエルザ様と陛下の仲がギクシャクした……なんてこともあったらしいから、100%噂ではないのかも。今は仲が良いし。


 私が話を促すと、すぐにラベンダーの香りが鼻をついてきた。ツンとした、それでいて不快にならないその香りは、私の身体をリラックスさせる。


「そのお方に着せようと思っていた服が、数着あるんですよ。動きやすくて、着心地の良いものが。エルザ様のご趣味じゃないから聞いてみたら、プレゼントしようと思ったんですって」

「え、ちょ!? よ、余計着れません!」

「あら、そう? エルザ様から、使って良いって言われてますのに?」

「……別のお洋服をお借りしたいです。でも、えっと……そのお洋服を買い取ることはできますか?」

「ええ、買い取るの!?」

「あ、いえ……その、い、いただきたいなと思って。記念に」

「良いわ、後でエルザ様に言っておきますね」

「ありがとうございます……」


 こんなフレンドリーじゃ、色々話したくなるなあ。


 私は、その陽気な湯の専用侍女に要望を言いながら、「お借りした服を汚さないで着るにはどんなことに気をつければ良いのか」を必死に考えていた。

 それと同時に、サレン様のこととアリスお嬢様のことと……ああ、ダメ。頭がパンクしそう。

 湯から出たら、デッキブラシ片手に掃除をしましょう。煩悩退散。




***




 私は、香料の企画書を進めるため、パトリシア様の屋敷のある領地に来ていた。

 城下町は、流行り病であまり行かない方が良いってイリヤが言ってね。だから、パトリシア様にお呼ばれしてここまで来たの。

 彼女は、会ってすぐにシエラの容態を聞いてきた。相当心配していたようで、うちで雇うことにした話をするとホッとしたみたい。……いえ、それを通り越して「フォンテーヌ子爵って、ちゃんとお給金出せるの?」と少し呆れた顔をしていたわ。わかるわ、その気持ち。


 まあ、とにかくいつもは城下町でパフェを食べるのだけど、今日はパトリシア様お墨付きの喫茶店! しかも、個室なの。贅沢すぎる!

 いつも飲んでいたレモンスカッシュはないけど……でも、ここでよかったわ。私の斜め前では、イリヤが幸せそうな顔してパンケーキを頬張っているし。ここ最近、大変なことばかり起きてるから、たまにはこういう平和な顔を見ていたい。


「で? 今度はどんな事件に首を突っ込んでいらっしゃるの?」

「へ!?」


 互いに持ち寄った書類を読み終えた私たちは、パンケーキを突きながら休憩を挟んでいた。

 そんな中、鋭すぎるパトリシア様の言葉に、口に運んでいたパンケーキをポロッとお皿に落とす。


「何よ、図星? 最近、全然連絡くれないんだもの」

「……えっと、どこから話せば良いのか」

「どこからでも良いわ。で? 今回はなんて宇宙人と対話したの?」

「う、宇宙人とは対話していません。……エルザ様がうちで食事をしていかれたくら「はあ!? エ、エルザ様!?」」

「パっ、パトリシア様、声が大きいですわ」

「はっ……私としたことが。いえ! な、なんで!?」


 まあ、そういう反応になるわね。私も、パトリシア様の立場なら彼女くらい……いえ、それ以上に驚いたと思う。


 パトリシア様は、フォーク片手に前のめりになる、なんていつもはしないような格好をしながら迫ってくる。それを見たサヴァンが咳払いすると、すぐにいつもの彼女に戻った。

 少しだけ頬の赤いパトリシア様も可愛らしいわ。きっと、ベルが見たら大興奮ね。


「ここだけの話にしてくださいね」

「わかってる! ベルとの話は、いつも誰にも話してないわ」

「ありがとうございます。……アインスが、エルザ様と旧友だったみたいで」

「そんなことあります?」

「よくわからないけど、とてもフレンドリーでした」

「……アインス、うちで雇っちゃダメ?」

「ダメですわ! パトリシア様は、エルザ様がお好きなんですか?」

「あああ当たり前でしょう!? 国民で嫌いな方を知らないわ! あの容姿、性格に雰囲気! 全部が全部、私たちの憧れでしょう!?」

「そ、そうですね」


 わかるわ。私も、エルザ様のいつまでもお若いお姿を見ているとポーッとするもの。

 でも、そんな力説するように言われると、ちょっとだけ怖い。なぜかって、パトリシア様の話をするベルにそっくりだから。


 そんな態度に驚いていると、


「パトリシア様は、凛々しく芯のある女性に憧れる傾向があるのです」


 と、イリヤと並んで座っているサヴァンが言ってきた。

 そんな彼女は、イリヤのようなパンケーキではなく、ブラックコーヒーをすすっている。……普通、逆では? いえ、別に良いのだけど。イリヤ、幸せそうにパンケーキを……え、4枚目!? あ、いえ。今はそこじゃないわ。


 私は、お皿に落としたパンケーキ……もちろん、1皿目よ。そのパンケーキを一片、口の中に放り込みながら2人のやりとりを聞く。


「ちょ、サヴァン! やめてよぅ」

「ふふ。ベルお嬢様が内緒のお話をされたのです。パトリシア様の内緒のお話を聞かせないと、フェアじゃないでしょう」

「……そうだけど」

「ふふ。パトリシア様も、サヴァンには勝てないのですね。うちと一緒だわ」

「え、ベルもそうなの!? 誰に!?」

「イリヤとアインス。それに、フォーリーとザンギフに……ほぼ全員ですね」

「ほぼって?」

「お父様とお母様には、計算で勝てますわ!」

「あはは! ベルったら、面白いわ」


 その会話に混ざると、すぐにパトリシア様の笑い声が響く。

 こんな話に出してごめんなさい、お父様お母様。でも、事実なの……。


 ちょうど昨日も、家でお仕事を手伝ってくださるサヴィ様に呆れられながらも、1ヶ月に使用する領民の水道水の量の予算式を覚えていたわ。サヴィ様が、「今までどうやって生きてこられたのですか」と真顔で聞いてしまうほど酷かったみたい。

 まあ、5+7を指使って計算していた時よりはマシね。今日も、私がパトリシア様と香料のお仕事の話をしている間に、計算式を教えて下さっているの。「今日は、2桁の足し算引き算を完璧にさせる!」と意気込んでいたけど、いつまで続くかしら。


「でも、その指の傷は違うわよね。エルザ様とのお食事で怪我をしたなんてことはないだろうし」

「……ああ。これは、お仕事のやりすぎで水膨れが潰れちゃいまして。ペンやフォークを握ると痛いから、こうしてるだけです」

「そう……。でも、そんな平和なことしかなくてよかったわ」

「ああ、あと、婚約者のお家が国から指名手配されました。あの、城下町の流行り病を広めた罪で」

「はあ?」


 と、今度は私の話を聞いたパトリシア様が、口に運ぼうとしたパンケーキをお皿の上に落とされた。

 もしかして、私たちってシンクロ率が高いのかも。今日のお洋服だって、どちらも青系だし。


 なんて、呑気なことを考えていると、サヴァンも驚いたようにこちらを見てきた。


「今、うちのお屋敷にサヴィ様だけいらっしゃるの。ちょっと負傷しているけど、元気にお仕事を手伝って下さってるわ」

「え? ベルが匿ってるの?」

「あ、えっと、国には言ってあるわ。主犯が彼のお父様とお母様で、サヴィ様は無関係だって元老院のお方に証明されましたので。主犯が捕まるまで、うちに居て良いってことになりましたの。だから、うちの門には、ここ最近ずっと騎士団の方々が交代で見張りをしているわ」

「騎士団のお方が門に居るって、前私が提案したやつじゃない……って、そうじゃなくて! え? ちょっと待って、どこから突っ込めば良いの!?」

「あれ、これって言っちゃダメだった?」

「大丈夫ですよ。国に申告していることなので、調べれば誰でもわかります」

「よかった」


 心配になってイリヤの方を向くと、5枚目に取り掛かろうとしている彼女が答えてくれた。……どれだけ食べるの。

 そして、さっきチラッと見たのだけど、サヴァンが「こちらもお召し上がりください」って差し出してるし! イリヤは、みんなに愛されるわね。


 それにしても、パトリシア様のあんぐりと開けたお口が面白いわ。


「サヴァン、予定変更」

「はい、お嬢様。今日はお稽古がないので大丈夫ですよ」

「ベル!」

「は、はい!?」


 なんて考えていると、急にパトリシア様が声を張り上げてきた。

 お口の形が可愛らしいと思って観察していた私は、びっくりして変な声をあげてしまう。


 でも、そんなのお構いなしに、


「今日、お屋敷にお邪魔しても良いかしら? よければ、ここのお代全部払うわ」


 と、パトリシア様がフォークとナイフを両手に持ちながら前のめりになってきた。もちろん、サヴァンの咳払いで体勢を戻したけど。


 私は、「来るのは良いけど、パンケーキ5枚……いえ、私のを含めて6枚」と、どうしたら良いのかわからず無言を貫く。

 そんな中、イリヤはパンケーキに付属していた生クリームを口いっぱいに放り込み、幸せそうな表情を披露していた。


 みんな、マイペースすぎるわ!


 

 

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