13

誰かが鳴らしたファンファーレ



 今日もまた、ここに来た。

 そう。暗くて広くて良くわからない、ベルと会話をするだけの空間に。


「……ベル、居る?」


 ワクワクする反面、ちょっとだけ怖い。

 だって、前回は誰も居なかったし、怖いお父様たちの居る場所に連れて行かれたし。あれが現実だったなんてイリヤの表情だけで判断していたけど、そもそも夢よね。流石に、お父様もお母様も、それに、お兄様だってあんなひどいことはしないわ。貴族としての誇りはあるはずだもの。


 それよりも、ベルを探さないと……。


「わっ!」

「キャッ!?」


 左右をキョロキョロと見渡していると、真後ろから声がした。と、同時に背中をトンッと押される。


 びっくりした私は、反射的に声をあげてしまった。手をあげそうになるも、それはダメと自制心が働いたけど。

 すぐに振り向くと、そこにはニヤニヤと楽しそうな顔を隠そうともしないベルが立っていた。そこで、彼女のいたずらだったと気づく。


「もう! 何よ、びっくりするじゃないの」

「だって、しばらくぶりだったからつい」

「ついじゃないわよ! ついじゃ……」

「え、アリス?」


 また1人の空間だったらどうしようと思っていた私は、ベルの姿を見て泣いてしまった。醜態も何もない。声をあげて、ワンワン泣いてしまったわ。


 最初はオロオロとしていたベルも、神妙な面持ちで背中を撫でてくれている。少しは悪いと思っているみたい。でも、そうじゃないのよ。


「……ごめんなさい」

「どうしたの? 何かあった?」

「前回、ここに来た時誰も居なくて。変なところに飛ばされて怖い思いしたの。だから、今回もそうかなって思って、でも、ベルの顔見て安心しちゃって……」

「変なところ?」

「ええ。……グロスター家の中庭に飛ばされて、みんなして……死んだ私に向かって……」


 その光景を思い出した私は、またボロボロと涙を流す。たくさん泣いて吹っ切れたと思ったのに。ベルの前では、泣いて良い気がして甘えてしまったの。

 すると、ベルは私のことを抱きしめてよしよししてくれた。それも、私の涙腺を容赦無く緩ませてくる。


「もう大丈夫よ。貴女を酷く言う人は居ないでしょう?」

「……ええ。みんな優しいわ」

「なら、過去じゃなくて今を見なさい。せっかく私が身体を渡してるのだから、そんなウジウジしないで楽しんだらどうなの」

「でも、お父様も使用人のみんなも死んじゃったし、お母様は行方不明だし、お兄様は罪人になっちゃって……」

「ああ、ほらもう泣かない泣かない。あんたの母親はこっち来てないし、兄だってまだ生きてるわ。父親は……まあ、アレだけど」

「え……。お母様って、生きていらっしゃるの?」


 ベルに促されて座ると、まるで自室のベッドに腰掛けたかのような安心感がある。きっと、ここは私にとって第二の故郷なのかも。それに、ベルが肩を貸してくれるものだからなんというか安心を通り越した何かを感じる。……ベルの方が体格が小さいのに、変よね。


 発言にびっくりして隣に顔を向けると、キョトンとした表情のベルと目が合った。


「生きてるわよ。どこで何をしているのかわからないけど。あんたにとっては、そっちの方が嬉しいでしょう」

「ええ、嬉しいわ。お母様だけでも無事で良かった」

「まあ、生きてる=無事とは言わないけどね」

「……そうね。心配だわ」

「私は、死んだ人が誰なのかしか言えないからね。これ以上は、自分で調べな。イリヤあたりなら手伝ってくれるから」

「あまり、イリヤは頼りたくないわ。本人が望んでいないのに、騎士団関係のことで手を煩わせたくないの」

「それを決めるのは、あっち。あんたはただ、お願いすれば良いの」

「いたっ!」


 下を向いて色々考えていると、ベルのデコピンが飛んでくる。結構痛い! いえ、だいぶ痛いわ……。でも、沈んでいた気分は少しずつ戻っていく。

 すぐ考えちゃうのって、私の悪い癖よね。わかってるのだけど、すぐには直せない。他人からの言葉を気にせず生きられたら、どれだけ楽なんだろうな。でも、私はそんな生き方を知らないの。


 おでこを押さえながら涙目になっていると、隣ではベルが軽快に笑っている。どうやら、私の顔が面白かったみたい。……いえ、そんな笑うほど? 失礼だわ。


「仕返し!」

「え、ちょ、いったあ!」

「ふふ、ベルの顔面白い」

「何よう! こっちだって、ここに道具があればあんたのその澄ました顔に髭とかぶっとい眉毛とか書いてやるのに!」

「ちょっと、止めてよ。やるなら、お化粧く、らい……に……」

「……アリス?」


 ベルの額にデコピンして満足! もう少し強めでも良かったかな、なんて考えている中、彼女の発言した言葉が引っかかった。でも、何が引っかかったのかしら? 全く心当たりがない。でも、気になった。


 私は、ベルがツンツンと指で頬を突いてくるのを無視して、記憶を探る。この静かな空間でなら、思い出せる気がするの。

 顔、道具、澄まし顔、髭に眉毛……それに、化粧。


「ああ!」

「な!? 何、急にとち狂った?」

「そうよ、ベル。そうなのよ!」

「え、とち狂ったってことで良いの?」

「そんなわけないでしょう!」

「理不尽!」

「違うのよ! やっと思い出したの。今日、サヴィ様のご両親にお会いしてずっと悶々してたの」

「ちょっと待って。あんたさ、今8くらいから説明始めたでしょう。ちゃんと聞いてやるから、1から説明しなさい!」


 考えた末、まるで霧が晴れたかのようにスッキリと頭の中がクリアになった。それが嬉しくて、ついベルに迫ってしまったわ。いけない、いけない。よく、アレンにも同じことやって「どうどう」されていたのに。

 私は、落ち着くために深呼吸をして座り直す。


「えっとね。今、グロスターの領地付近を統括しているのはロベール侯爵なの」

「そうらしいわね」

「でも、私がお仕事をしていた時は違くて。名前は忘れてしまったけど、人当たりが良いのにとても冷たい印象のあるお方だったの。その付き人……マドアス様が良くうちに来てお仕事を取りまとめてくれてね。今ベルに「髭」って言われて、思い出したのだけど……」


 確か、名前は「バロン・マドアス」様だった気がする。何度か、書類を受け取った際にサインを書いているのを見たことがあるから、間違いない。

 バロンって名前の響きがマロンケーキに似ていて覚えてた……と言うのは省きましょう。食い意地がすごい人だと思われそうだから。


 私は、ちゃんと1から話せているのか確認しながら……でも、5辺りは飛ばしてる。とにかく、順番に話しているのを確かめてから、こう続けた。


「そのお方がね、口髭と顎髭を付けたダービー伯爵そのものだったの。そんな偶然、あると思う?」




***




 毒と流行り病を結びつけてからの行動は、素早かった。


「報告します。城下町の下水を調べたところ、ごく少量のアルカロイドの成分が検出されました」

「アルカロイドのみなら、人為的と思って良さそうだな」

「水道管の中も調べましたが、水垢の滑りの中にもアルカロイドが付着していました。その量を推測する限り、少なくとも1ヶ月は領民へアルカロイドが流れていたかと」


 シン様にアドバイスをいただいた俺は、第二騎士団のメンバーを引き連れすぐに城下町の下水を見てまわった。専門家に依頼するためのサンプルを採集している時点で、すでに鳥肌が酷かったのを今も覚えている。

 そして、案の定「毒」であると結果が出たわけだ。すぐラベルを中心に部隊を組み、今もなお周辺領地の水道管を確認してもらっている。


 そんな中俺は、陛下とクリステル様のいらっしゃる執務室を訪れてわかったことを報告していた。

 まだ顔色の優れないクリステル様は、俺の話を聞いてさらに顔を真っ青にさせた。無論、陛下もいつものようにイタズラ描きをせずにこちらの話に耳を傾けてくれる。


「1ヶ月前と言うと、ちょうどグロスター伯爵家殺害時期と被るな」

「同一人物でしょうか」

「いや、まだ決定的な材料がない。あまり視界を狭めて調査するのは、初動ミスの原因だよ」

「はっ! 失礼しました! ……では、現在ラベルを中心に行っていますが、騎士団総動員し、水道管の清掃と下水処理、浄化槽の点検状況を把握して来ようと思っております。許可をいただけますでしょうか」

「緊急事態だから、許可する。ただし、アレンは毒を摂取したばかりなのだから無理しないように」

「ご心配ありがとうございます」

「……ロベール卿」


 もしかしたら、体調を崩して牢屋と直結した医療室で休んでいるジョセフも、その水道管から出た水が原因で体調が悪化しているのかもしれない。

 医療室にいく前はただのストレスと疲労のようだったが、医療室で寝込んでから日に日に体重が減ってきているらしい。医療室に引いている水道管は、確か城下町と同じだ。報告が終わったら、まずそこに向かおう。


 次の行動が決まった俺は、陛下たちに頭を下げて出口へと向かう。が、それを、クリステル様が呼び止めてくる。


「はい、なんでしょうか」

「……あの、サレン様は」

「今は、ヴィエンが入り口を警護しています。彼女には悪いですが、自由な行動をお控えくださるようお願いしてきました」

「彼女はなんて?」

「わかった、と。一言だけ」

「……そう。アドリアンは、サレン様の毒の種類をおっしゃっていた?」


 その言葉で、クリステル様が言わんとしていることを理解した。


 彼女は、サレン様自身の毒が水道管の中に入り込んだのではないかと心配しているのだろう。もしそうであれば、彼女の処刑は避けられない。今回は、それほど大事になりつつあるんだ。

 きっと、この騒動の犯人が捕まったら、本人だけでなく一族を連帯責任として処刑するだろう。昔、王族に剣を向けた一族がそんな最期を迎えた話を聞いたことがある。


 俺もだが、クリステル様もサレン様に情が移ってしまっている。心配していることは、不思議ではない。でも、大丈夫。そう言えるだけの材料が、俺の中にあった。


「彼女の毒は、ベラドンナです」

「嘘……。じゃあ、彼女が」

「いいえ。今回発見されたアルカロイドは、ダチュラ由来のものでした。ですので、サレン様の毒ではありません」

「……そう。良かった……。良かった」


 それ以上、言うことはない。

 泣き崩れるクリステル様とそれをなんとも言えない表情で見ている陛下に頭を下げ、俺は部屋を後にした。

 

 彼女の毒ではないにしろ、彼女が関わっているのは目に見えている。

 俺は、ジョセフの居る医療室へ向かいながら、アインスとサレン様の会話を思い出す。


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