目が覚めて
お部屋でお父様お母様の残党と戦っていると、アインスが入ってきた。その手には、1通の手紙が握られている。封蝋の紋章を見る限り、ガロン侯爵みたい。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「ちょっとだけ待ってて。今、お父様の集計した数値が間違ってて。…………いいわ、どうしたの?」
顔あげると、少しだけ困ったような表情のアインスを目が合う。ガロン侯爵のお仕事で、何か問題でもあったのかしら?
このようなお手紙は、一旦使用人が開けるのが原則なの。じゃないと、いたずらで危険なもの……そうね、例えば薄い刃物とか、触るとかぶれる植物の液が紙に塗ってあるとか。そんな危険なものを手にしないよう、先にが開けるんですって。
私は、その風潮があまり好きじゃないの。だって、使用人だったら怪我をしても良いの? そんなことないでしょう。もし誰かが傷つくなら、主人が前面に行くべきだわ。
アリスだった時、何度かそのような「危険なもの」を入れられていたことがあったの。もちろん、私が全部開けたわ。下手に家族があけると、中身を取られてしまうってのもあってね。
一番怖かったのは、宛先送り主一切不明なのに、私の机の上に置いてあったお手紙。開けたけど、何も入っていなくて30分は首を傾げていたわ。結局、今もわからずじまい。いつの間にか、その手紙もなくなってたし。
「用件は2つございます」
「1つめは?」
「こちらのお手紙をどうぞ。封は切ってあります」
「ありがとう。読みながら、2つめをお願いしても良いかしら」
「はい」
アインスから手紙を受け取り、中身を取り出した。普通の手紙にしては、結構分厚い。いつもなら1枚で送られてくるのに、今回は3枚もあるの。
私は驚きつつも、アインスの話に耳を傾けながら1枚目の手紙を読み始める。
「では、失礼して。実は、クリステル様から呼ばれまして、今日から2日ほどお休みを「え!?」」
びっくりしすぎて、思わず声をあげてしまったわ。
……ああ。びっくりしたのは、アインスの話じゃなくて手紙の方ね。
この内容じゃ、彼の話を聞きながら読むのは難しいわ。同時に別のことをするなんて、私の頭では無理だった。慣れないことはするもんじゃないわね。
「どうかされましたか?」
「あ……ご、ごめんなさい。その、えっと」
「お手紙に何か驚くようなことでも?」
「……以前、ガロン侯爵が乾燥に困ってらしたから、加湿ができる簡易的な道具を教えてあげたの。材料とか、作り方とか」
「なるほど。ミミリップは、年中乾燥していますからなあ。それで、ガロン侯爵からお礼をいただくとか?」
「いえ……。お礼じゃなくて、その加湿ができる道具を商品化するのですって。その許可と作成するにあたってのデザインや構造決めの相談、さらに売り上げの取り分のお話が来ているの」
「なんと! これはめでたい!」
ね、びっくりでしょう?
手紙には、以前パピルスを使った加湿する道具が予想以上に良かったこと、電気を使わないから領民の間に広まれば必ず売れること、それに、デザインを一任してくれることが書かれていた。承諾するなら、売り上げの25%をフォンテーヌ家に入れてくれることも書いてある。
25%よ! 何もしなくても、25%分の収入があるってこと。これって、ものすごいことなのよ。
そもそも、どのくらい売れるのかはわからない。けど、ガロン侯爵が「売れる」と思ったものが売れないわけがない。あのお方、結構商売の駆け引きがうまいところあるから。
きっと、ミミリップ地方の領民はこぞって購入すると思うわ。あの辺は乾燥が酷くて、お化粧ノリも悪かったし。
「では、早速旦那様へ「待ってよ! アインスの用件は!?」
ボーッとしながら手紙の続きを読んでいると、大喜びのアインスが部屋を出ていこうとする。私が止めると、「おっと、そうでした」とこっちに戻ってくれたわ。
聞いていなかった私が悪いのに、そんなことを微塵も感じさせない顔して。やっぱりアインスは優しいな。
私は、話を聞くために一旦手紙を机上に置いた。
「クリステル様に呼ばれまして、今日の午後から2日王宮へ行ってまいります」
「え……。アインスは行って大丈夫なの?」
「罪は償っていますから、捕まることはないですよ。ちゃんと戻ってきます」
「そうじゃなくて……。アインスの気持ち的な部分が」
「ああ、大丈夫です。以前お嬢様と入宮していますし、気持ち的に不快だと思うことはないかと」
「……あの時はごめんなさいね」
「お嬢様のせいではございませんから、謝らないでください」
ほら、やっぱりアインスは優しい。
私は、椅子から立ち上がりアインスの方へと歩いていく。距離を縮めると、すぐに抱きしめてくれた。
アインスも、私がアリスだって言った辺りからこうやって抱きしめてくれるのよね。気のせいかもしれないけど。
「シエラはどうするの?」
「イリヤに任せます。包帯を変えるだけなら、あの子もできますから」
「わ、私もっ、手伝うわ」
「お嬢様は……包帯の巻き方が……」
「うっ……」
「足に巻こうとすると、なぜか腕に絡まって」
「ううっ……」
「しまいには、同じ箇所を何度も巻くのでバランスが……」
「うううっ……。もういじめないでぇ」
私ね、今まで包帯って傷口が他の場所に当たらないようにするものだと思っていたの。でも、それだけじゃなくて、骨や腱を固定したり湿布などが動くのを防止したりっていろんな役割があるって知ったの。
だから、以前よりは上手に……いえ、イリヤから「変わってないです、癒し」と言われたばかりだわ。シエラにも笑われたばかりだし……。
なんて、シュンとしているとアインスが頭を撫でてくれる。
「はは。では、シエラ殿のお話相手になってあげてください」
「ええ、それなら完璧にできるわっ! 任せて、アインス」
「では、よろしくおね「あー! アインス、抜け駆けはダメだよぉ」」
撫でられるのが心地よくなった私は、そのままアインスに身を任せて話を続ける。すると、そこにイリヤが入ってきた。
彼女は、ちょうど話題にしていた包帯を数個手に取り立っている。
これはチャンス!
「イリヤ! 包帯貸してっ!」
「えっ……?」
「私だってできるんだもん!」
「え、な、何が……」
「イリヤ、腕貸して」
「ほぁ!?」
私は、ちゃんとできるアピールをするため、不機嫌そうな顔しているイリヤから包帯をもらい実践してみせた。
結果?
お察しよ。結局、笑われて終わったわ。
腕に巻くはずの包帯を、なぜか足に巻き付けていたからね。これじゃあ、シエラにやるのは夢のまた夢だわ。
***
目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入る。
「あ、起きた。おはよう、アレン」
「……サレン様? お、おはようございます」
次いで、俺の顔を覗き込んでいるサレン様が。
どうやら、ここはサレン様のお部屋のソファベッドらしい。
ボーッとする頭の中、何が起きているのかを脳内にて確認する。
確か、毒で意識が朦朧としていて、そんな中で会話を続けていたな。でも、どんな会話をしたのかさっぱり覚えていない。なんか、とても恥ずかしいような言葉をはいた気がするのだが……。多分気のせいだ。そう思っておこう。
「気分はどう? 薬が効いてきたと思うの」
「サレン様が飲ませてくださったのですね」
「ええ。緊急時用で、解毒薬を持ち歩いているの」
「ありがとうございます」
相変わらず頭痛と吐き気がするものの、この程度なら動けそうだ。
そう思い起き上がるとすぐに、サレン様に肩を押されてソファへと引き戻される。その表情は……ちょっと怒っていらっしゃる?
いやでも、サレン様の前で眠ってなんかいられない。
それよりも、彼女の容態を……。
「寝ていて頂戴。毒が完全に抜け切ったわけじゃないの。動けばその分、毒の周りがよくなってしまうからね」
「……わかりました。サレン様のご体調は」
「良好。あなたを見ていたら、私も眠っていられないって思って」
「……俺、何か言いましたか。記憶が曖昧で、ほとんど覚えてなくて」
「ふふ、まあそうね。私の毒で、あれだけ長い時間立っていられた人って初めて。またご贔屓にしてね」
「するかっ!」
「あはは、アレン面白い」
そうやって笑う彼女は、額に汗をかいていない。顔色もグッとよくなって、血色が良い。
どうやら、本当に体調が回復したらしい。良かった。
そんなことを思いつつ、ソファベッドへ横になりながら倒れる前の話を思い出そうとした。なのに、一片も出てこない。まるで、初めからそんなこと経験してないかのように出てこないんだ。情けないなあ。情けない。
とりあえず。お礼だけでも伝えよう。
俺は、1人でここまで運んできてくれただろうサレン様と視線を合わせて、口を開く。
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