毒は徐々に近づいてくる
その日のディナーはとても豪華だった。
内容もそうだけど、いつもよりも多い人数で食事をしてね。やっぱり、みんなで召し上がった方が美味しいと思うの。会話も弾んで、笑顔も増えて。ほら、今日はいつもよりも笑い声が多い。
でも、私はその雰囲気を壊してでも言いたいことがあった。
「いやー、ご婦人はお美しい! 正妃エルザ様のような輝きを内側から感じます」
「本当に、美しいですわ」
「それはそれは、ありがとうございます」
「……」
どうして、エルザ様も食卓についているの!? シエラに会ってそのままお帰りになると思ったのに。
というか、お父様お母様、それご本人! ご本人ですわ!!
……なんて。エルザ様から「内緒ね」なんて言われたら従うしかない。あー、失礼なこと言わないで頂戴ね。これじゃあ、ザンギフの作ってくれた料理の味がわからないわ……。
隣に座って食事をしているロベール卿も、呆れた顔して……いえ、なんだか嬉しそうな顔をして鴨肉を召し上がっていらっしゃる。エルザ様と食卓を囲むなんて、そうそうない……というか絶対にないことですものね。
「フォンテーヌ家の料理人の質は高いですね。口にしたもの全てが美味です」
「ありがとうございます。ザンギフは、自慢の料理人なのです。そのようにいっていただけると、本人も喜ぶでしょう」
「お世辞じゃないわ。私も、久しぶりにこんな美味しいものを食べたって思ったもの。アインスは幸せ者ね」
「ええ、旦那様たちに拾っていただき、私は幸せ者です」
「アインス……」
そうそう。今日は、アインスのお客さんってことで、彼も一緒に食卓についているの。最初提案した時は拒否していたのだけど、今日の夜はベッドにお仕事を持ち込まないって約束したらすんなり座ってくれたわ。……複雑すぎる。
もっとこのダイニングテーブルが広ければ、使用人のみんなと座ってお食事ができるのだけど……。頑張ってお仕事してお給金貯めれば、買えるかしら?
私はそんなことを考えつつ、アインスの言葉に感動しているお父様とお母様に視線を向ける。
「これからも、アインスをよろしくお願いします」
「こちらこそ。こんなしがない子爵家には、もったいない医療者です。これからも働いてくれると嬉しいと思っています」
「そんなことありません! 私は、旦那様のお屋敷以外で働く気は毛頭ございません」
「アインス……!」
「イ、イリヤもそうです! 旦那様が雇ってくださった使用人は全員、旦那様と奥様、お嬢様に人生を捧げるつもりで働いております!」
「イリヤ、貴女って子は……!」
あーあ、お父様とお母様ったら感動屋ね。もう泣いてるわ……って!? エルザ様もアインスも泣いているわ。イリヤも。……あれ、これ私も泣いた方が良い? でも、すぐに泣けと言われてもできない。
とりあえず、私は隣で同じ気持ちでいるだろうロベール卿の方を……ダメだわ。このお方も泣いていらっしゃる。なんで?
私は諦めて、ナイフで切った鴨肉のソテーを口の中に入れる。
オレンジのソースが、鴨肉の野性みある味をうまく隠してくれてね。ロベール卿が言うように、とても美味しいの。色も見た目も良いから、これならエルザ様も楽しんでくださると思うわ。
「ベルちゃんは、とても良いご両親の元に来たのね。良かったわ」
「……私には、もったいない方達です」
「そんなことないわ。お互いを大切にしてる感じが、見てる私に伝わってくるもの。本来家族って、そういうものでしょう? 他人であって、他人じゃない。そんな距離感のお手本ってくらい、あなた達は理想の家族像だわ。フォンテーヌ子爵、子爵夫人、ベルちゃんを守ってくださりありがとうございます」
「……」
斜め前に座るエルザ様は、なぜかそう言ってお父様たちに頭を下げた。
もちろん、「お美しい貴女様は、こんな田舎者の貴族の端くれになんか頭を下げてはなりません!」とお父様お母様が大パニック状態になったのは言わずもがな。それでもその言葉が嬉しいらしく、ニコニコしながらパニックに陥っているの。……これは、エルザ様とロベール卿が帰ったら例のパーティだわ。
でも、私も嬉しい。
なんだか、自分の家族を褒められているようで嬉しいの。……良かったね、ベル。貴女のお父様とお母様を、エルザ様がお褒めになったわ。
こんな名誉なこと、他にないと思う。なんて誇りに感じていると、
「ベルちゃんは賢いし、アレンが惚れ込むのもわかりますね」
「ぶっっっっっ!? ちょ、エ、エル「お嬢様には、サルバトーレ・ダービー様という婚約者がいらっしゃいますから」」
と、隣に居たロベール卿が飲んでいた飲み物を吐き出した。その勢いにびっくりした私は、目の前に置かれていた自分用のナプキンを反射的に手に取り、ロベール卿のお洋服をトントンと拭く。シミになったら、大変! さっき、土を落としたばかりなのに、このお洋服は汚れる運命でも背負っているのかしら。
でも、他の人たちは焦らない。
イリヤの「婚約者がいる」という言葉にうんうんと頷きつつも、ニヤニヤしているの。……お察しの通り、イリヤはものすごい顔してロベール卿を睨んでいるけどね。
「じゃあ、第二候補とかにしたら?」
「ダメです。サルバトーレ様で第三候補まで埋まっております。その後の候補受付は終了しました」
「あら残念。ねえ、アレン?」
「……やめてください」
ロベール卿は、これでもかと言うほど真っ赤になってしまわれた。……服を汚したのを、今更恥ずかしがっているのかしら? 替えの服、何かお貸しできるものがあれば良いのだけど。まさか、私のドレスを着て帰すわけにはいかないものね。
やっぱり、ロベール卿にもベルのこの美しい容姿が刺さったのね。わかるわ。私も鏡で見て、いまだに「これが私?」ってなるもの。
昔の私のように猫目じゃないし、髪もシルバーで美しい艶があるし。ロベール卿は……アレンは、そういう人が好みなのね。
「ははは、若いって良いですなあ」
「ねえ。私も、若い頃を思い出すわあ」
「同意ですな。若いって、それだけで素晴らしいことです」
……普通は、侯爵家に嫁入りなんて喉から手が出るほど誘惑的なものなのに。お父様ったら、そう言うところに飛びつかないから出世しないのよ。まあ、それがフォンテーヌ家だから。ギラついた貴族ばかり見ていた私にとって、この居場所は心地良い。
私は、お父様たちとアインスの達観した言葉に笑いつつ、エルザ様の楽しそうなお顔を拝見した。
こんなディナーが、毎日続けば楽しいのにな。
その後、エルザ様は「また来ても良いですか?」と言ってロベール卿と従者を従えて帰られた。見送りは良いと言っていたから、きっと近くに王族専用の馬車でも停めているのかしら? それとも、お金を払えば乗せてくれる馬車でも拾ったとか? お忍びがどこまで続いているのかわからないから、私もイリヤたちも玄関先で失礼させてもらったわ。
最後まで「アインスの知り合いのエルです」を通してしまった彼女は、ミュージカルに出演する女優さんのように輝いていてね。……懐かしかったわ、エルザ様。お変わりないようでとても安心した。いつまでも、お身体を大事にお過ごしして欲しいわ。
***
「お嬢様、湯冷めしますよ」
「……アインス」
湯船につかった後のこと。
ダイニング直通のバルコニーにある手すり付近で身体を冷ましていると、後ろからアインスが声をかけてきた。その手には、いつも通り白湯が。それに、絆創膏が一枚。
「怪我に気づかず失礼しました。もう少し乾かしたら、絆創膏をお貼りしましょう」
「ありがとう。……ねえ、アインス」
「はい、お嬢様」
私は、白湯を受け取りながらアインスに話しかけた。
すると、彼は少しだけ離れて返答をしてくる。その距離が少しだけ寂しくなりつつも、私は口を開いた。
「……帰る時、ロベール卿と何を話していたの?」
「呼び方、慣れている方で良いですよ」
「え?」
「ロベール卿、とても呼びにくそうです」
「……アインスには敵わないわね」
自分では慣れてきたと思っていたけど、他の人から聞いたらそうでもなかったのかもしれない。
私は、アインスの言葉に驚きつつも、それを表情に出さないよう白湯を一口飲む。
喉を通って、それは心地よい温度を体内に運んでくれる。最初は嫌な感覚だったけど、今はこれが好きなの。熱いと火傷するけど、これはその心配がない。
胃にも優しいし、白湯はまるでアインスのようね。
夜風に吹かれながらその温度を堪能していると、相変わらず距離を保ったアインスが微笑んでくるの。それに甘えて、今日は昔の呼び方にしましょう。
「アレンと、何を話していたの?」
「お察しの通り、毒のお話です」
「ベラドンナ?」
「はい。分析結果と、あの量でどんなことができるのかをお話ししました」
「どんなことができるの?」
「あの量では、お嬢様が恐れているような命の危険はございません。ただし、あれを飲み続けているのであれば、中毒症状が出るでしょうな」
「中毒症状? ごめんなさいね、質問ばかりして」
「いいえ、お嬢様はあの毒で苦しんだのでしょう? なら、知る権利がありますから」
「……ありがとう」
話が長くなると思った私は、手すりから手を離してソファのある方へと向かう。それに従って、アインスもついてきてくれた。でも、隣には座ってくれない。……これは、イリヤよりも手強いかもしれない。
何度か誘ったけど、アインスは最後まで立ちっぱなしだった。
「ベラドンナは、軽症で頭痛や吐き気、重症になると幻覚、致死量を超えると胃の中身をひっくり返したような嘔吐に見舞われそのまま食道を詰まらせて死に至ります。吐き気や嘔吐、悪寒や以上興奮なんかも、中毒症状の一例にあげられますな」
「じゃあ、私は自分で吐いたもので喉を詰まらせて死んだの?」
「直接見たわけではありませんが……まあ、十中八九そうでしょう」
「私、てっきり血を吐いて死んだのかと思ってた。だって、視界が真っ赤に染まって……ああ、そうか。これが幻覚?」
「でしょう。……想像を絶する苦しさだと聞きます」
「苦しかったけど、今は不思議と覚えていないの。苦しかったって記憶だけしかない」
「そうですか。……それが良いのかもしれません」
その晩、アインスはそれ以上のことを語らなかった。私の指に絆創膏を貼って、そのまま口を閉ざしたの。
私も私で、「これ以上聞くな」と言われている気がして何も聞けなかった。でも、それ以上のことをアレンに話した、そんな印象を植え付けてくる。
これから、何かが起きる。
何か、とてつもない大きなことが。
私の中で、そんな漠然とした考えが何度も何度も頭をよぎった。
それを肯定するかように、冷たい夜風が肌を撫でていく……。
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