その答えの行先に


 締め切った部屋の中、ゴーグルにマスク、手袋を装着する。


 目の前にあるのは、ロベール卿からいただいた真っ白な錠剤。それだけで、胸騒ぎが止まらない。

 まずこのようなものは、アフラトキシンの反応がないかどうかを見る。世の中に生息している自然毒であり、「毒」と言われればまずそれを疑うべきだから。


 調べ方は、紫外線を当てるだけという簡単なもの。

 天気が良ければ、外にしばらく照らしておくのも良いが、それだとカビだった場合薄れてしまう。だから、独自で作成した紫外線ライトを使うんだ。これで、物質が光ればアフラトキシン、光らなければ人間の手で作った毒である可能性がグッと上がるのだが……。


「……やはり、光らないか」


 蛍光色は、出なかった。自然毒の類ではないかもしれない。

 となれば、この錠剤を飲む予定だった本人もぜひ診察してみたいが……。それは、この錠剤の正体を明らかにしてからにしようか。

 ロベール卿が言うには、今は陛下の付き人が側に居ると言っていたし危険は無かろう。


「次は、錠剤をすり潰して、いくつかに分けて……」


 酸かアルカリか、油分はないか、調べ方は色々ある。


 私は、目の前の錠剤が、ベルお嬢様の摂取したベラドンナエキス入りでないことを祈りつつ、すり鉢で丁寧にすり潰していく。



***



 フォンテーヌ家で夕飯もいただくことになった俺は、時間になるまでイリヤの部屋で過ごすことにした。

 ベル嬢のお仕事を手伝いたかったのだが、本人に「ダメよ、これは私の仕事なんだから」と言われてしまったんだ。邪魔するのも忍びないし、お茶を運ぶのを提案しても「それは貴方の仕事じゃない」とこれまた断られてしまってな。……落ち込んでないぞ。全くな。


 まあ、良い。

 イリヤにも、用事があったから。


「どうぞ、入って入って〜」

「失礼す、る……!?」


 イリヤの部屋は、屋敷の端にあった。

 3階なのもあって、目の前にある窓から見える景色はとても良い。良い、のだが……。


「なんだ、これ」

「え? ……ああ、お嬢様の肖像画」

「お前描いたのか?」

「そうー。傑作でしょう? 右から喜怒哀楽」

「え、欲し……じゃなくて、ベル嬢はこれを知ってるのか?」

「知ってるよー。本当は旦那様にお渡しする予定だったんだけど、お嬢様が僕にくださるって」

「……そ、そっか」


 部屋に入って最初に見えたのは、窓じゃなかった。

 ドアの対角線上にある窓が目に入っておかしくないのに、俺はベッド前に飾られている4枚の絵に釘付けになってしまう。


 そこには、4つの異なる表情をしたベル嬢の絵が飾られている。

 喜び、怒り、哀しみ、そして楽しみ。この4枚に、ベル嬢の全てが詰まっているよう錯覚してしまうほど、完成度は高い。

 俺は、なぜかその中の「哀」に目が行った。この表情は、どこかで見たことがあったんだ。最近ではない。でも、いくら考えても思い出せない。


 ベル嬢は、こんな胸が苦しくなるほど悲しい顔をして何を考えていたのだろうか。その側に、なぜ俺がついていてやれなかったのだろうか。

 到底無理なことなのに、なぜかそう思ったんだ。


「あげないからね。僕のだから」

「俺、来月誕生日なんだけどさ、あの……」

「そっかー、フライングハピバ〜」

「……ですよね」


 わかってた。うん、わかってたさ。

 イリヤは、本当に主に忠実だな。こんな休憩する部屋にまで主を飾るなんて。ベル嬢と同じく、仕事人間だ。だからこそ、2人は相性が良く仲も良いんだろうな。

 さっきも、こいつがベル嬢の前から失礼する時、寂しそうな顔した彼女に抱擁してたし。……ベル嬢は、イリヤの性別を再確認したほうが良いと思う。婚約者がいるのだろう?


 まあ、なんだかんだでここまで来たってことが伝われば良い。

 別に、俺がベル嬢の抱擁に応えたかったとか、アランとやらがベル嬢にお茶を運んでいたのを代わりたかったとか、そんな話じゃないからな。

 ……にしても、アランって! 俺と1文字違いなだけなのに、なぜあっちは毎日お嬢様の顔が見れるんだ? 俺だって……いや、今はそれどころじゃない。


「で? 何しに来たの? シエラの顔見に来たわけじゃないでしょう?」

「ああ。実は、さっき……」


 サレン様が倒れ「薬は嫌」とつぶやいたこと、宮殿侍医の怪しい行動、それに、先ほどアインスに手渡しした白い錠剤のこと。それに、ベル嬢が誘拐された時の牢屋の記録にその宮殿侍医が居たことも。

 俺は、イリヤに案内されたソファに座り、サレン様に起きた一連の騒動を聞かせた。すると、イリヤは一言も口を挟まずに難しそうな顔のまま耳を傾けている。


 以前、こいつに相談した時は、ジョセフの見つけた鉱山を調べると助言をもらったな。

 あれから色々あって、大変だった。なのに、何一つとして問題が解決していないのだから、サボっていたと思われても仕方ない気もする。

 が、イリヤはそんなことは言わずに話を聞いてくれるんだ。


「なるほどねぇ。で、アインスの分析を待たないといけないから夕飯を食べていくって言ったのか」

「そう言うことだ。別に、ベル嬢と飯を食いたくて言ったわけじゃない」

「そっかー。じゃあ、厨房で食べたら? 僕は、旦那様が召し上がった後に普通にダイニングでいただくけど」

「……俺、一応客人なんだけど」

「これは失礼しました。客人をこんな部屋に連れてきたらダメだね。じゃあ、外に出「悪かった! ここが良いです」」


 やっぱり、こいつには口じゃ勝てねえ!

 まあ、剣術も体術も勝てねえんだけどさ。勝てるとしたら、なんだ? ……パッと出てこねえな。


 俺は、両手をあげて降参ポーズをしながら、目の前で腕を組んでこちらを見ているイリヤを視界に入れる。

 もう少しだけ、話しながらベル嬢の絵を眺めていたいんだ。


「まあ、クソ鈍アレンにしては良くやったと思うよ」

「褒めるなら褒めて、貶すなら貶してくれ」

「じゃあ、鈍鈍アレン」

「……なんでだよ」

「はあ。こっちのセリフだよ。クリスはすぐ気づいたのに」

「は? クリステル様? なんの話だ?」

「なんでもございませーん。鈍チンアレンには関係ないですぅ」

「……なんか、癪に障るわ」


 降参ポーズ取ってるだろ!

 なのにも関わらず、イリヤは俺を煽り続ける。……まあ、いつものこと。


 それよりも、今は一連のことが繋がっているのか、別物で考えた方が良いのかが気になる。

 俺は繋がっているような気がするんだが、どこがどう繋がっているのか聞かれても言葉にはできないんだよな。喉まではでかかっているのに、嫌な気分だ。


「じゃあ、僕の話を聞く?」

「できるなら」

「ふふん。天才イリヤは、まずアレンの考えが正しいことを推しますね」

「ってことは、色々事件に繋がってるってことか」

「そゆこと。まず、その宮殿侍医は黒と見て良い。薬に薬物反応がなかったとしても怪しすぎる」

「だよなあ……。俺が薬の成分聞いても、頑として答えなかったし」

「そこはまあ別に。だって、もしその侍医がヤブだったら成分なんて言えないだろうし」

「宮殿侍医にヤブは入れられないだろ」

「それを決めているのは、元老院だよ。その中に仲間を忍び込ませていれば、採用は手堅い」

「そうだろうけど……」


 ちなみに、元老院にはイリヤの父親であるルフェーブル侯爵が所属している。こいつが家を追い出されなければ、今頃騎士団に所属しながら元老院の仕事を覚えていたんだろうな。そう思うと、なんだか惜しい気もするが……。あんな頭の硬い場所に、そもそもイリヤは合わん。

 以前は、「元老院になって、中から色々変えたい」と言っていたがそれももう叶わないだろう。


 こいつをさすがだなと思うところは、こうやって元老院の話を自ら出すと言うこと。それに、顔色を一切変えないってことも。普通なら、気まずいだろ? 追い出された実家の話をしているようなもんなんだから。

 やはり、こいつは精神が強い。見習いたいよ、全く。


「でも、今回それはなさそうだね。その後、ちゃんと薬の種類を効能言ってたんでしょ?」

「ああ、嫌々だが言っていたよ。呉茱萸湯と」

「うんうん。だから、その線は無くして次ね。……では、なぜ隣国から花嫁修行に来ているサレン様に怪しい薬を飲ませようとしたのか?」

「戦争を狙ってか? もし、サレン様の身に何かあれば、隣国との衝突は避けられん」

「ブッブー。夕飯の席は、やっぱ厨房だね」

「なっ……ベル嬢の隣で食う」

「んなことさせるわけないでしょう。……とにかく、薬を飲ませようとした理由は2つ。彼女に暗示をかけて場を混乱させたかったか、何かを炙り出そうとしていたかだね」

「じゃあ、暗示をかけるためだけに毒薬を飲まされていたってこと?」


 であれば、やはりあの宮殿侍医をなんとかしないことには何も始まらんぞ。どうせまた、「回診だ」とかなんとか理由をつけてサレン様に薬を飲ませようとするかもしれん。今は、俺の言葉を信じてくれているクリステル様が側にいるみたいだが、今後は騎士団の信頼できるメンバーで護衛したほうが良いかもしれん。


 ……サレン様は、好きでアリスお嬢様の名前を語っていたというわけではなかったんだな。

 恥ずかしながら、俺に気があってそう言っているのかと思っていたよ。自意識過剰も良いところだな。

 でも、彼女がアリスお嬢様じゃないことは、心のどこかでわかっていた。不思議だよな。この人は違うって、俺の心臓が鳴っていたんだ。


「それは確定かな。正しくは、毒薬を飲み続けないといけない身体になっていた、ってところ」

「……飲み続けないといけないって、まさか」

「あのさ、昨日クリスが来たんだけど、ずっと頭痛が酷そうだったんだよね。最近、サレン様と一緒に良くいるでしょう」

「……あ、ああ。いや、でもそんな人間がいるわけ」

「アインスに聞いてみようか。医学的なことは僕にはわからないから。僕はただ、可能性の話をしているだけで」


 イリヤは、そう言いながらも自信に満ち溢れた顔をしていた。自分の口にする憶測が、真実だと胸を張って言えるのだろう。そんな雰囲気を醸し出している。


 確かに、彼女は侍女や付き人を避けていた。

 本人が「気が滅入るから」と言っていたが、あれは無意識に周囲の人を自分の発する毒から守っていたということなのか? だとすれば、彼女は今までどれだけ苦しんできたんだ?


「じゃあ、お前はサレン様が毒を摂取し続けないとなんらか支障をきたす身体だと言いたいのか?」

「正確には、暗示のかかりやすい身体にしたかったけど、その付加として身体が兵器のようになっちゃったってことかな。……ほら、彼女のお父さんって毒の研究所持ってたよね。確か、ダービー伯爵が出資してると思うから、そこ調べた方が良いよ。多分、グロスターとも繋がってる」

「……わかった。アインスの結果と知見を聞いて、すぐ調べる。それと」

「良いよ」

「……まだ、何も言ってないけど」

「君の考えることくらいわかるって。何年の仲だと思ってるのさ」

「……サンキュ」

「僕もやれることはやる。子供を政治利用する親は、どうしても許せないんだよね」


 ってことは、ロバン公爵も黒と思って良いのか? 

 そう言うことだよな。


 やっぱ、イリヤはすごい。こいつが味方で良かった。

 あの日、……アリスお嬢様を助けられなかったあの日から、俺はイリヤのおかげで多少強くなったと思う。

 今度こそ、この手で彼女を守ってみせる。もうこれ以上、知っている人が毒によって殺されていくのは見たくない。もう、あんなのは懲り懲りだ。

 

 アリスお嬢様。

 どうか、俺に力を与えてください。

 貴女様を助けられなかった俺に、もう一度チャンスを与えてください。それが叶うのなら、全てが終わった暁に、俺は……。俺は……。


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