08

日常に戻りすぎる



 牢屋の管理表が、偽装されているとわかった。

 ジョセフの薬物鑑定で陽性が出たことと合わせると、犯人か、犯人に近い相手を探るための手がかりになりそう。掴んだ尻尾は、絶対に離さないよ。


 でも、ちょっとだけ持ってて欲しいんだ。


「……」

「……」

「……」

「……え、なん?」

「飲め」

「……は?」


 真夜中のこと。

 牢屋の管理をする担当者と王宮に出入りしている人のリストを照らし合わせていると、急に待機室の中にトレイを持ったアレンが入ってきた。しかも、無言で。

 ベル嬢を連れ戻しに行ったはずなのに、どうしたのかな。見間違えかと思って目を擦ってみたけど、トレイの上に乗った湯気の出てるティーカップは消えない。


 僕がボーッとしながらそれを見ていると、アレンは再度「飲め、感想を聞かせろ」と急かせてくる。……何がどうして、そうなったんだ?


「毒でも入ってんの?」

「はあ!? 縁起でもないことを言うな。味の感想が聞きたいだけだよ。仕事が控えてるんだ、早くしろ」

「……ええ」


 そのセリフ、僕のものだと思うんだけどな。

 まあ、いいや。この様子だと、ベル嬢は無事だったんだろう。多分、な。

 聞いてみるか? ……いや、これ以上情報を追加されると、余計混乱しそうだ。僕が。


「普通にうまいけど……」

「……普通に?」

「あー、結構うまいよ」

「結構?」

「待って、どんな感想を求めてるの?」

「いや、別にだな……」


 ティーカップを持って飲むと、普通に温かくて美味しい紅茶だった。クッキーでもあれば、ティータイムにぴったりだろうなって感じの。

 それを伝えたんだけど、そうじゃないらしい。


 でも、僕は知っている。こうなるってことは、何かしらでイリヤが関わっているだろうということが。

 あの子が現役時代、2人の間でどれだけ喧嘩が絶えなかったことか。まあ、そのおかげでアレンはこうやって立ち直ったんだけど。それとこれとは話が別らしい。よくわからない。


「……仕事しようよ。明日は、ジョセフの見つけた鉱山へ行くんでしょう?」

「ああ、行くぞ。それに、アドリアン・ド・トマ伯爵という人物を探さないといけない」

「誰それ?」

「なんでも、以前宮殿で侍医をしていた人物らしい。5年前だったか?」

「らしいって……。アレン、その時王宮で働いてたでしょ。見たことないの?」


 アレンは、騎士団へ入団する前から王宮で働いていた。仕事をしている、というよりは内部事情や王宮内の配置図を覚えるのがメインだったみたいだけど。

 そのまま父親の跡を継ぐのかと思いきや、突然「騎士団に入る」だからね。あの時はびっくりしたよ。


 紅茶からアレンへ視線を戻すと、やっとトレイを置いて仕事の用意をし始めた。そうだよ、初めからそうやって仕事をしてほしい。

 アレンのやつ、みんなの前ではキリッとしてる癖に、こうやって僕やイリヤの前ではヘタるんだよね。まあ、オンオフを持ってるってことで悪いものではないし、ストレス発散してるならそれで良いんだけど。面白いし。


「存在はわかっていたが、顔は見たことない。なんせ、王宮に居たと言っても、今のように宮殿とを行ったり来たりするような仕事ではなかったからな」

「ふーん。まあ、手が空いたら手伝う」

「サンキュ。俺が居なかった間にわかったことを教えてもらっても良いか?」

「書き仕事しながらでよければ。明け方までに、この書類を直接陛下へ渡したいんだ」

「手伝う。……ところで、喉が乾いてないか?」

「さっき飲んだばかりですけど」


 緊張感って言葉知ってるかなあ。

 まあ、アレンにとってそれほど安心した出来事があったんだろうけど。このところ、グロスター伯爵殺害の件にジョセフの件にと物騒なことが続いてるから。

 ってことは、やっぱりベル嬢は無事だったってことでめでたしめでたしって感じかな。


 にしても、最近のアレンを見てると、目覚めたアリスお嬢様よりもベル嬢に入れ込んでいるように思うんだよね。

 毎日のようにアリスお嬢様に祈りを捧げているのを知ってる僕からすると、その行動は異常に見える。


「……それより、ベル嬢のことなんだけどさ」

「そっちの聞き取りは、ラベルに任せてある。俺が行きたかったんだが、ご指名が入ってな。明日午前中に約束を取り付けてあるから、それまでに聞きたいことがあればラベルに言うと良い」

「……行きたかったのね」


 やっぱり、おかしい。


 クリステル様の話によると、アリスお嬢様のところへはほとんど行ってないみたいだし。

 それに、ジョセフがベル嬢のことを「アリス」と呼んだのもおかしい。なんなら、イリヤも「アリスお嬢様」と口にしたってことも。


 これは、親友のためにも個人的に調べてみた方が良さそうだね。




***



 イリヤが助けてくれた日から一夜が開けた朝。


「あら、このお花……」

「さきほど、バーバリーがお見舞いにと置いていきました」


 昨日入れなかった湯船につかり部屋へ戻ると、イリヤがベッドメイキングをしてくれている最中だった。といっても、後はクッションカバーのジッパーを上げるだけ。やっぱり、彼女の行動は素早いわね。

 身体を洗ってくれたフォーリーが、「傷が開きますから」って言ったからかなり早めに出てきたんだけど。身体を締め付けるのもダメって言われて、コルセットなしなのもあって早く終わったの。

 今日1日、コルセットのない生活になりそう。来客があったら、奥に引っ込むわ。


 ソファに座りながら周囲を見渡していると、机の上に一輪のガーベラが飾られていたのが目に入った。真っ白なそれは、ライトの光に照らされてまるで宝石のように輝いて見える。


「……希望、ね」

「お嬢様、花言葉をご存知なのですね」

「イリヤも知っているの?」

「はい。面白くて、昔徹夜で調べたことがあります。それ以来、花を見るたび調べる癖がつきました」

「楽しいわよね」

「はい!」


 イリヤは、少しだけ変わった。

 こうやって、好きなものを話してくれるようになったの。それも、嬉しそうに。


 今まできっと、こういう話も人の目を気にしてできなかったんだろうな。イリヤを見てると、そう思うの。

 ベルは知っていたのかしら? 今度聞いてみようかな。


「お礼を言いたいのだけれど……」

「捕まえてきますか?」

「……そんな、狩り物みたいに」

「バーバリーを捕まえるのは、イリヤも苦労します。狩りをする心構えがないと、捕まりません」

「イリヤでさえ苦労するの!?」


 あんな機敏な動きができるイリヤでも、彼女を捕まえるのは難しいらしい。そういえば、アインスも「運が良ければ」って言ってたわね。

 ってことは、バーバリーは試験を受ければ騎士団に入れるかもしれない!? 絶対、そっち行った方がお給金高いわよね。本当、イリヤの万能さもアインスの豊富な知識もそうだけど、このお屋敷ってどうしてこんなに有能な人が集まっているの? 


 これも、ベルのお父様の人望の厚さってやつなのかしら。だとしたら、すごいわお父様。お仕事ができるよりも、ずっとずっとすごい。


「木登り勝負をしたことがあるのですが、バーバリーに負けました。イリヤの方が2秒遅かったです」

「……2秒」

「でも、お屋敷の端から端まで猛ダッシュ対決は、イリヤが圧勝しました!」

「待って、結構仲良しね!?」


 しかも、いつしたの!?

 フォーリーがよく許したわね。先日、アランがちょっと走っただけでガミガミお説教食らっていたのに。もしかして、彼女が気づかない間に勝負が始まって終わったとか?

 何そのコンビ、怖すぎる。


「次は、ザンギフを交えて早食い競争をする約束をしています」

「……じゃあ、その時にでもお礼を伝えておいてね」

「はい!」


 見たいけど、きっと私が到着するのと食べ終わるのが同時くらいだと思うの。それ以外、考えられない。


 ツッコミが追いつかなくなった私は、そのままベッドメイキングの終わったベッドへと腰を下ろした。石鹸の良い香りがするわ。気持ち良い。


「では、本日のご予定ですが、お昼前にラベルが昨日の聞き取りに「ベル!!!」」

「え!?」

「うぐっ!?」


 枕元にあったクッションを両手で捏ねながら顔を埋まらせていると、部屋の中に誰かが入ってきた。

 驚いた私は、咄嗟に持っていたクッションを入り口の方へと投げる。

 だって、今部屋着なのよ!? なのに、ノックもせずに誰が入ってきたのよ!


 コントロールが良かったのか、私の投げたクッションはその侵入者の顔面ド真ん中に直撃した。その光景を視界に入れると同時に、自分が誰にクッションを投げたのかを理解する。この声は……。


「サルバトーレ様! レディの部屋への入室はお止めください!」

「いくら婚約者でも、それはいただけません!」

「サルバトーレ様ァ……」

「ベル、大丈夫か!? ああ、こんな傷だらけになってしまって。おい、そこの侍女! お前は、主人も守れないのか!!!」


 しまったわ。

 私ったら、婚約者に向かってクッションを思い切り投げてしまったのね。

 でも、誰がどう見ても入ってきた側に落ち度がある。別に、あんな婚約者に見られようがなんとも思わないけどね。

 それより、悔しいわ。もう少し早く気づいていれば、あと2個クッションが残っていたから追加で投げられたのに。


 サルバトーレは、上着も羽織らず少々乱れた服装のまま、部屋の入り口にてアインスを始めとする使用人たちに足止めを食らっていた。でも、その足止めにも限界がきそう。

 今にでもこっちに飛んできそうな勢いで、無駄吠えのようにイリヤに向かってキャンキャン吠え続けているとか。うるさいわ。


「……アインス、アラン、ザンギフ。客間にお通しして」

「でも……」

「着替えてから伺うわ。……イリヤは、私を手伝って」

「は、はい!」

「承知です」

「わかったわ」

「は、はいぃ……」


 こうなったら追い返せないから、時間が許す限りゆっくり支度してやる!


 私は、サルバトーレの言葉に少し落ち込んでいるイリヤに声をかけ、支度を始める。それと同時に、アインスたちが「やめろ! 俺様は、ベルと一緒に居るんだ!」と暴れるサルバトーレを引っ張り消えていった。そんなに薄着の女性と一緒に居たいなら、そういうお店に行ってちょうだい。私はそういう女じゃないのよ。


 ……後で、お父様にお願いをして追加であの3人へのお給金を上乗せしてもらいましょう。もちろん、イリヤにもね。

 

 

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