過去に囚われ、過去を恐れる



「話を聞いてくれ! 話を」


 俺が牢屋に行くと、ジョセフが看守に向かって大声をあげていた。唾を飛ばし、貴族とは思えない無様な姿を披露して。これじゃあ、醜態も何もない。

 人は、5年でここまで変わるらしい。とはいえ、何があったのか微塵も興味はない。


「随分お元気な罪人ですね」

「アレン! 良いところに来た! お前ならわかってくれる!」

「お戯れを。私が貴方を理解するなど、死んでもありえない」

「お前、アリスのことを慕っていただろう!? その兄が困っているんだぞ、何か言うことはないのか!?」

「その不愉快なお声で、お嬢様の名前を呼ばないでいただきたいものです」

「そ、そうだ! ここから出してくれたら、お前にアリスの私物をやる! 確か、庭にあいつと一緒に埋まっているはず」

「……」

「価値はないが、あれだろ? 庶民は、思い出に故人のものを持ちたがるのだろう!? 理解してやるから、まずはゆっくり話をできるところへ……」


 そうだ。この人は、こういう人だ。


 自分が与える側、相手が乞う側。それは、時間が経とうが何しようが変わらない。この性格に、お嬢様が何度泣いたか。お嬢様が……。


「狭い場所ですので、おやめくださいますよう」

「……すまない」


 いつのまにか、剣を抜いていたらしい。看守に注意されるまで、気づかなかった。

 俺は、胸の中にある怒りをおさめつつ、剣をしまう。すると、目の前で怯えるジョセフと目が合った。まだ虚勢を張っているようで震えながらも笑みを浮かべている。


「伯爵家の執事の次は、騎士団か。出世コースじゃないか」

「……おかげさまで」

「執事は逃げ出したのにな! 騎士団もどうせすぐ逃げ出すさ。しかし、グロスター家は君を雇うだけの財力がある。辛くなったら、また働きに来てもいいぞ」

「そうですか」


 何を勘違いしているのやら。

 俺は、5年前も皇帝陛下直属の部隊に居た人間だ。命令でグロスター家に潜り込んだだけであって、執事がやりたかったわけではない。

 まあ、潜入捜査はこの国で大罪だ。気づかれていないに越したことはないから、そのまま勘違いしていてほしいところ。


 しかし、俺がグロスター家に行くことは、天地がひっくり返ってもありえない。アリスお嬢様の居ないところに行って、何をしろと言うのだこの人は?


「まあ、とりあえずここから出してもらおうか」

「出しませんよ。貴方は、罪人です」

「私は何もしていない! 何もしていないのに、みんなして私を邪魔者にして! そんなに羨ましいか!」

「……みんなして?」

「そうだ! お父様お母様も、私が資金調達に失敗すると庭に埋めると言い出す。お祖父様お祖母様なんて、ナイフで私のことを脅すんだ。ちょっと当たりの鉱山を見つけただけで、私も敵認定とはおかしくないか!?」


 それで、何もしていないと言える彼が羨ましく思う。

 お嬢様を庭に埋めたのは誰だ? 俺をナイフで脅しながら「殺される、囲ってくれ」と言ったのは誰だ? こいつは、自分がしたことは覚えていないらしい。


 確かに、グロスター伯爵が統治する領地で、鉱山を見つけた話を耳にしたことがある。しかし、ジョセフが見つけた話は聞いてない。この辺は、調べておいた方がよさそうだ。


「それに、最近私の周りに誰かが居るんだ! 殺されるかもしれない!」

「そうですか。それは、願ったり叶ったりですね」

「なんだと! 私は、グロスター次期伯爵! 死んだアリスのためにも、その爵位を受け継ぐ覚悟を持つ、も、の……」


 俺は、無言で剣を抜いた。今度は、意志を持って。


 そして、その剣先をヤツの鼻に向ける。少し、鼻に当たったかもしれない。だが、そんなのはどうでも良い。


「お前が……お前が、お嬢様のためと口にするな。次、同じようなことを言ったら、次期伯爵だろうがなんだろうが俺がお前の首をもらいに行く」


 薄暗い中、剣が蝋燭の灯りにキラリと光る。


 今度は、看守も止めはしない。

 俺は、真っ青になりながら黙って頷くジョセフを見て、剣を鞘におさめた。


「死んで終わりだと思うな。俺は、お前の埋葬までしっかりやってやる。お嬢様にかけた土の量だけ死んだお前の口に押し込んで、三日三晩晒し者にしてやるから覚悟しろ」


 そんなことをして、お嬢様が喜ぶわけはない。

 だって、彼女は家族が好きだったから。愛していたから。

 でも、それでは俺の気がおさまらないんだ。


 申し訳ございません、お嬢様。

 俺は、全てを片付けてから貴女の元に参りますので。

 だから、もう少し……もう少しだけ時間をください。そして、また貴女の元でお世話をさせてください。


「ちゃんと見張っておけ」

「はっ!」


 俺は、腰を抜かして鼻を押さえるジョセフを横目に牢屋を出る。


 法で証言が認められれば、こいつを……いや、グロスター家全員を処刑できるのに。なぜ、証言は罪の証拠にならないのだろうか。

 俺には、わからない。

 



***




「ロベール卿」

「……クリステル様」


 牢屋を出た階段のところで、クリステル様が声をかけてきた。どうやら、俺のことを待っていたらしい。ジョセフに負けないほど真っ青な顔色で、こちらに寄ってくる。


「私が殺すとでも思いましたか?」

「……いえ」

「大丈夫ですよ。色々調べることができましたので、また」

「え、ええ。手、お大事になさってください……」


 クリステル様は、何か恐ろしいものでも見たかのような顔つきでこちらを見ている。俺は笑っているのに、なんだというのだろうか。


 頭をさげて、俺はそのまま王宮へと早足で向かう。

 シエラを1人にしてきたんだ。きっと、書類を両手にもってヒーヒー言っているところだろう。終わったらサレン様の様子を見に行って、それから……。



***




「……そう」

「申し訳ございません」


 イリヤに腕のマッサージをしてもらっていると、アランがやってきた。


 私が起き出して3日。やっと上半身を起こせるようになったの。

 その報告を手紙ですると、パトリシア様ったら涙でボロボロになった用紙で「よかった」と返信してくれてね。これでも、マシな用紙なんだって。どれだけ泣かせてしまって、書き直しをさせてしまったのかしら?

 もちろん、騎士団のお方にも謝罪を込めて手紙を書いたわ。そちらは、ちゃんとした用紙で返信があった。


「仕方ないわ。連絡も取れないの?」


 アランは、私に「サルバトーレ・ダービーが捕まらなかった」という報告をしに来た。何度も頭を下げながら。

 そこまでされると、こっちが申し訳なくなっちゃうわ。


「……いえ、その」

「……?」


 視線を合わせると、アランは下を向いてしまった。

 これは、あまり聞かない方が良いのかしら? でも、聞かないといけないわ。


 私が少しだけ上半身を上げると、イリヤが手を止める。そして、すぐに身体を起こすのを手伝ってくれた。

 ネグリジェだから、彼女の体温が背中に伝ってくるわ。それは、私に安心感を与えてくれるの。いつも思うけど、イリヤは体温が高い。よく食べるからとか?


「えっとですね……。他の女性と、その」

「ああ、そういうことですか」

「……申し訳ございません」


 アランの態度と、その言葉だけで状況がわかった。


 どうやら、サルバトーレ・ダービーは不貞行為をする人物らしい。アランの顔を見る限り、日常茶飯事のようね。もしかして、ベルはサルバトーレを愛していて、不貞行為を見ていられなくなって自殺をしたとか?

 でも、ベルは私と同じだって言ってた。それって、自殺じゃないってことでしょ? まさか、照れ隠しに「違う」って言ったわけじゃないだろうし。となれば、その線は消そう。


「貴方が謝ることはないわ。それより、前の私はそれを知っていたの?」

「はい。その数週間後に、あの……」

「そう。答えにくいことを教えてくれてありがとう」

「いえ……。引き続き、お呼びできるよう努めます」

「そうしてちょうだい。私も、それまでに体調を整えておくわ」


 身体が弱いことは、貴族社会においてマイナスになる。子を産めなければ、その家の繁栄はないためにね。

 イリヤに聞いたところ、前の私はそこまで病弱じゃなかったみたい。だったら、少しでも体調を整えておかないとね。そう考えると、今日明日で婚約者が来なくて良かったかも。


 私にお辞儀をしたアランは、そのまま部屋を出ていく。なんだか、後ろ姿が斜めになっているわ。色々聞きすぎたかしら……。


「……お嬢様」

「どうしたの、イリヤ」


 アランが出ていくとすぐ、今度はイリヤが話しかけてきた。声をかけられて初めて、彼女が静かだったことに気づく。

 以前、サルバトーレを呼ぶのを提案した時も黙りこくっていたわよね。相当嫌っているみたい。


「イリヤは、またお嬢様とお話できなくなるのが怖いです」

「大丈夫よ。昔の私ではないもの」

「……イリヤは何があっても貴女の味方です。それだけは、覚えておいてください」

「ありがとう」


 お礼を言うと、イリヤがゆっくりと抱きついてきた。一瞬だけ驚いたけど、抱きしめる肩が震えていることに気づき、私も抱きしめ返す。

 本当なら、許可なく身体に触れてはいけないのよってお説教するところだけど。今は、それをする気になれない。


「イリヤ、細いね」

「お嬢様も、細すぎます。もっと食べ物をお召し上がりください」

「私は食べているわ」

「……もっと食べてください。イリヤの分も食べてください。お屋敷中の食べ物をお嬢様に差し上げますので。だから、だから」


 イリヤは、シャロンやアレンとはまた違った温かさを持つ専属だ。

 距離感がいまいち掴めないけど、それが彼女だと思えるようになった。だから、はしゃぐ彼女も、剽軽な彼女も、こうやって弱みを見せる彼女も全部受け止めようってなるの。


「イリヤ。こんな私でごめんなさい」


 でも、優しくされればされるほど、私の中に潜む罪悪感が顔を出してくる。

 私はベルじゃない。夢の中に本物がいるってことは、もしかしたらいつの間にか入れ替わってしまうかもしれない。そうすれば、私があの真っ暗な場所で何もすることなく、誰かを待っていないといけなくなる。


 いつか、身体を受け渡す時、私は快く返事をできるだろうか。

 今はまだ、考えたくないわ。


 それよりも、アレンの怪我は大丈夫かしら。今の彼は騎士団のメンバーなのでしょう? 剣が持てなくなったら、彼の性格だと落ち込みそう。慰めてくれる人はいるの? ……なんて、それこそ私が考えることじゃないか。

 お兄様ってば、大変なことやらかしてくれたわね。少し、牢屋で反省してくれると良いのだけど。



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