第100話 盲愛9
この時、東洋脳科学研究所では第一管理室の中心で堂々と電話を続ける士錠の口から飛び出した「染白」という単語に皆がどよめいた。この研究所の職員の数人は染白紅と言う女史と面識がある。そしてこの場所まで疋嶋と野島を連れてきてくれたのもその染白であった。
「なるほど、状況は理解した……」
士錠はそう言って、頭を捻った。歯ぎしりをしながら、こめかみを抑え、数秒の間を取ってから指示を出す。
「では君たちはそこにあるパソコンのIPアドレスをこちらに送ってくれないか。画像でもよい。何かしらのそのコンピュータの情報を送ってくれ」
士錠はそう言うと、研究員と共にハコニワに施された防壁と戦っていた小泊に目配せをする。
「僕のスマホに送られてきたパソコンの情報を自動でそちらに転送する。小泊君はそれを頼りにコンピュータの画面をクラッキングして、モニターに表示してほしい」
「わ、分かりました。やってみます」
小泊の返答を聞くと、士錠は頷いた。
「情報を送ったら、君たちは染白の亡骸を安全な場所に移動してくれ。すべてが終われば、僕が直接、その顔を見に行こう」
士錠はそう言うと、スマホを耳から離し、通話を終了させた。大きくため息をつき、肩を落とす。
「染白って、あの染白なのか」
疋嶋が士錠に問いかけると、丸くした目を逸らさずにはっきりと言った。
「君たちは染白君に会っていたのか……なぜそんな時間は無かったはず……」
士錠は眉間にしわを寄せて答えると、小泊が付け足した。
「ええ、染白さんの姿はここで見ましたよ。疋嶋さんたちがいらっしゃった日ですから……昨日でしょうか」
「あり得ない……彼女はいったいどうやって」
士錠は染白の行動を探っていた。蛭橋たちがホテルの経営者にアポイントメントを取った後、士錠もここに来る途中、染白の居場所を割り出すことに成功している。蛭橋たちの捜索力を信用した上で、仕事を依頼したが、一応バックアップをしていたのだ。
そしてホテルの経営者の言葉も電話を通じ、直接聞いている。一度も外に出ない利用客が居ると。では染白はなぜ、疋嶋たちと遭遇したのか。
そもそも昨日の便に乗って千葉に到着し、そこからホテルに戻るにしても時間が足りない。そして厳重なホテルの管理を掻い潜って、出入りすることが可能なのだろうか。蛭橋の脳内は急速に動いた。
「どうしたんだ、何があったのか俺たちにも教えてくれ」
疋嶋が士錠の正面に立ち、必死の形相で訴えたが、聞く耳を持たなかった。震えた手でおもむろにスマホをポケットから取り出し、通話ボタンを押す。
先ほどの落ち着いた様子とは一変し、かなり焦っていた。
「蛭橋君、すぐに確認してほしいことがある」
電話を切る前とは明らかに上ずった声で話す士錠に蛭橋も刑事の野生を発揮する。
「染白の遺体か」
「そうだ、そこで寝ている染白くんの左目の下に涙ぼくろがあるかね」
この質問をした時、蛭橋の心臓は飛び出そうなほど速まっていた。滅多にかかない冷や汗で額が冷たくなった。
「そんなものは……ない」
その言葉を聞き終わるよりも早く第一管理の扉が開いた。
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