第93話 盲愛2

 蛭橋らから一報を貰ったホテルのオーナーは確かに不気味な利用客が宿泊していることを伝えた。何と言っても、数日間、出掛けることはおろか、エントランスで食事を摂っている様子も見られない。

 もしかしたら、部屋で首を吊っているのではかと思い、そろそろ恐ろしくなっていた頃だった。

 蛭橋はそのオーナーの話をメモを取りながら聞き、幡中にすぐに車を出すように指示を出した。

 二人が習志野に向かうために乗車した時は丁度、疋嶋が犯行声明を出したときである。あまりに急いでいたため、ニュースを耳に入れる暇もなく、その情報は入らなかった。と言うよりは入れたくは無かったと言ったほうが正しい。いまは目の前の女に集中したかったのだ。

 ホテルに到着すると、エントランスで事情を説明し、女の部屋を教えてもらうことにした。ホテルマンに事件の至った経緯を説明すると、皆飲み込みが早く、疋嶋の事件が大々的に報じられていることを物語っていた。

 時刻は六時を回り、他の利用客も自室に帰ってくる時間帯だった。あまり、一般国民を巻き込むことはできないため、平生を装いながらエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターは最上階まで上昇すると、扉が開き、二つに分かれた廊下が出迎える。エントランスで女の部屋の鍵を手に入れていたため、一番奥の号室に到着すると、ゆっくりと鍵を鍵穴に差しこんだ。

 二人ともホルスターから拳銃を取り出し、アイコンタクトを取りながら、中へ突撃する。

 部屋の中は明かりが消えていて、薄暗かった。しかし部屋の奥から何やら物音が聞こえてくる。薄がりの中、足音を立てずに近づくと、髪の毛を後ろで結んだ女がパソコンの光のみで激しくタイピングを繰り返していた。

 二人が入ってきたことに気が付いていないのか、気が付かないふりをしているのか、女は振り返るそぶりも見せず、黙ってタイピングを続けている。

 あまりの態度に見かねた蛭橋は背後に立ち、後頭部に銃口を突き立てた。


「あんたが染白紅で間違いないな」


 すると女のタイピングはやっと停止した。片方の眼鏡のレンズが見える角度だけ振り返り、小さな声を出す。


「何か用ですか」


 パソコン画面に映りこむ女の顔は蛭橋の読み通り、染白紅だった。


「もう辞めなさい、こんなこと。あんたは生きている人間なのだから」


 蛭橋は優しく語り掛けた。

 二人がこの女を探すように士錠から言われていたのは、旧東洋脳科学研究所で対峙した時のことである。士錠から日誌に書かれていた「脳髄影写システム」の話を聞いた後、この女、つまり染白紅を探し出すように言われていた。

 あの時点で染白が疋嶋の協力者であることは分かっていた。そして、その染白は疋嶋の出す犯行声明の後、必ず行動を起こすことも読んでいた。

 その捜索を腕利きの刑事二人に頼んでいたのだ。しかし、なぜ染白が疋嶋のためにここまでするのかと言うとそれはさらに複雑な事情が絡んでくるのだ。


「あたしは死んでいるも同然です。だからどうか止めないでください」


 蛭橋と幡中もその複雑な事情とやらを士錠から聞いていた。




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