第31話 隠し事1
その後、疋嶋たちは真田の住む家へと向かうため、診療所の裏口から外へ出た。夜も更け、辺りはより一層静かになった。村中を囲む山岳にうっそうと立ち並ぶ木々が夏の夜風でうねりを上げていた。
真田の家は診療所から目と鼻の先にある。裏口から出ると、二階建ての一戸建が見えた。縁側や引き戸の玄関など、古風な日本造りの家には工業都市とは一別した独特の趣があり、つい両親のことを思い出してしまう。
玄関で靴を脱ぐ途中、不意に視線を上げると下駄箱の上置かれいるひびの入った写真立てに目が取られる。この玄関は砂一つないくらいに掃除が行き届いたが、その写真立てだけがまるで時間に取り残されたように埃をかぶっていた。
疋嶋は靴を脱ぎながらその写真を注視してした。それは真田が奥さんらしき女性とその息子との三人で撮った家族写真だった。
旅行の記念というわけでもない。近所の公園で撮影したようなごく日常を映した一枚だった。
「お前、結婚しているんだな」
「していたんだ」
予想外の答えに疋嶋は沈黙してしまう。
「二年前に出て行ったよ、多分俺のせいだ」
しかし気まずさで言葉を詰まらせた疋嶋とは裏腹に当の本人は特に気にしている様子もなく、飄々と答えた。むしろ表情を暗くしたのは聞いてしまった疋嶋とそれを隣で伺っていた野島のほうだった。
「そうか……一緒に映っているのはお前の息子だろ、会ったりするのか」
「それは相手の連れ子だ……まぁ血は繋がってはいないけど一応そういうことになる……」
息子の話になった途端、先ほどまで歯牙にもかけなかった真田の表情が急変した。出て行った妻の話は軽々しくしても、連れ子の話はどうしてもしたくない様子だった。目を逸らし、困った表情をする。
「そんなことより、早く入れよ。部屋は沢山あるから」
真田は話題を変えながら、その写真立ての表が下になるように倒した。「これ以上、この話に触れないでおこう」と肝に銘じた疋嶋はしゃがみながら靴を脱ぐ、その時、真田の靴が入っていた下駄箱に視線が移った。
その中には先ほどまで真田が履いていた靴に比べて一回り小さめのサイズのスニーカーが入った箱がしまってある。まだ一度も開封していない上、丁寧に他の靴とは別の棚に収納されていた。
いささか不思議には思ったものの、もう真田は家の中へと入っている。それにこれ以上、人のプライベートに土足で立ち入るわけにはいかない。疑問を飲み込みながら、靴を揃え、家へと上がった。
玄関の先にはⅬ字に屈折した廊下があった。すぐの前には二階へと続く階段があり、その先は暗くよく見えない。
「二階以外なら好きに使っていい。この廊下の一番奥がトイレだ。後は客間が二部屋と居間がある。俺は居間で寝るから二人は各々の客間を使ってくれ。布団は押し入れに入っているからな。後風呂と洗面所はトイレの隣だ」
真田は指を差しながら細かく説明する。終始、笑顔で快く家に招き入れくれた。
「お邪魔します。こんな急に泊めてもらえるなんて、本当に有難いわ」
「たった独りでこんな広い一戸建てに住んでいるんだ。いつでも大歓迎さ」
「お前が居なければ、このクソ暑い外で野宿することになっていたよ。ありがとな」
疋嶋は口角を上げ、少し照れながら礼を言った
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