第20話 旧友4

「違うわ。この人は紛れもない生きた人間よ」


 横から野島が口を出した。しかし真田は相変わらず、怯えたまま二人の顔を繰り返し見つめている。


「葬式だってやったんだぞ……」


「死因は知っているのか」


 すかさず、疋嶋が聞き返す。


「自殺だって聞いたけど……海に身投げしたって……」


 それを聞いて二人は目を合わせた。疑問が解けた。確かに入水自殺とすれば遺体が発見されずとも説明が付く。


「じゃあお前は俺の遺体を見たのか」


 しゃがみ込み、真田に手を伸ばしながら言った。


「は? 遺体は海の底だって……えっじゃあ……嘘だろ」


「そういうことだ」


 その後、落ち着きを取り戻した真田に対してここまでの経緯を事細かに話した。疋嶋が記憶を失っていること、さらには警察に追われていること、野島を交え、二人が丁寧に話したことでおおむね理解できたらしい。

 しかしこれはあまりに非現実的な話だ。駐車場の立ち話で納得できるほど簡単ではない。さらにここに来た理由は真田に八年間の疋嶋について聞くためである。


「ここで話すのも暑いし、中に入れてくれないか」


「ああ、そうだな。俺も腰を据えてじっくりと聞きたい」


 真田は診療所の院長室に通してくれた。そこにはソファがあり、対面して話すことができる。

 腰かけた二人を見て、冷蔵庫からピッチャーを取り出し、冷たいお茶を振舞ってくれた。そのお茶をすすりながら真田が口を開く。


「信じられない。でも嘘とも思えない。まさか疋嶋が生きていたなんて、夢でも見ているみたいだよ」


「俺とお前は大学の卒業後、交流があったのか」


 その質問に対して真田は黙って首を横に振った。


「全くない、俺とお前は変り過ぎたんだ」


「それは元からだろ。一年の頃からお前と俺の成績はかけ離れていたし、お前には実家の診療所を継ぐ夢があった。お前は上で俺が下。レベルに差が開くなんて分かり切っていたことだろ」


「いや違う。その逆だよ。大学四年の後期からお前が上で俺が下になったんだ」


「どういうこと? つまり陽介はたった半年で成績を跳ね上げたということなの?」


 野島が身を乗り出して言った。


「それも最下位から主席まで一気に」


 真田が頷きながら答える。そして再び疋嶋のほうを向き直し、話を続けた。


「お前はあの夏休みで変わっちまった。でも今のお前はその変る前の状態だ。だから八年間の記憶がないと聞いて納得がいったよ」


「その夏休みになにがあった? 俺が最後に覚えている記憶と関係があるのか。四年の夏いつも通りパチンコを打ちに家を出た。今でも昨日のようにあの照り付ける日差しを鮮明に記憶している」


「その後、お前は車にはねられたんだ」


 思わず絶句した。目を見開き、額に手を当てる。微かだが、記憶の境目が蘇る感覚がした。暑い夏、横断歩道、迫りくる轟音と車のボンネット。八年前の記憶がより克明に映し出される。


「大丈夫か」


 動揺した所作に心配して真田が立ち上がろうとする。


「大丈夫だ、続けてくれ。何かその先を思い出せるかもしれない。極力、鮮明にその状況を描写するように喋ってくれ」


 庇おうとする真田を止め、続けるように促した。ため息をつきながらソファに座り直した真田は眉間にしわ寄せた。


「分かった。つつみ隠さず話してやる」


 野島に目配せをし、軽く頷くと小さく息を吸って話を続けた。

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