第34話 思いの在処
左胸郭から腹部にかけ10センチほどの傷があり、その傷は不自然に途切れていた。その傷に指を這わせたクロウは静かにほほ笑んだ。
「知っていたのか。」
セリカの声に先ほどの怒りは感じない。クロウにとっての興味対象が自分の体ではなく魔障痕であると分かったからだ。
「一応主治医だからね。あ、勿論着替えとかは看護師に任せたよ。まぁ、この学園の中の施設だからね。魔障痕なんて別に珍しい物でも何でもない。」
クロウの伊達メガネには冷ややかな目で睨むセリカが映っている。
「ただ・・・君のは特別だ。素人が見ても気付かないだろうが普通の霊魔のそれとは別物だよ。これはもう一種の呪いのようだ。」
クロウはウットリとしながら傷を撫でセリカの反応を楽しんでいた。
「・・・っ!」
「この魔障痕は君にどんな影響を与えているんだい?魔法力の器に変化があったかな?あぁ、見てみたい。君の全身を診てみたい。」
クロウは顔の位置をゆっくり下げていく。首から胸部、そして露になっている傷の所まで。
魔障痕に小さく息を吹きかけるとセリカの体がピクンと跳ねた。
「いい加減に・・・!」
「いい加減にしろ、このエロ医師っ!!」
セリカの膝はクロウのみぞおちに、そして頭部にはジンの拳がめり込んでいた。
上下からの圧迫にクロウはスローモーションのような動きをみせた。
「ゴホッ、いって、ゴッホッ・・・!!」
「いつか訴えられるぞ、オマエ。」
呆れながらため息を吐くジンはクロウの首を引っ張り、セリカから引き離した。
「ゴホ、ゴホッ!謹慎処分の人間が何の用だい、ジン・・・。」
涙目になっているクロウの眼には親しみが込められている。
「謹慎処分だろうとコイツはオレの生徒だから迎えに来たんだ。ったく、入ってきたのがオレじゃなかったら大騒ぎだぞ、クロウ。」
「その時は見た者の記憶を消すだけさ。」
「医者の言葉とは思えねーな。」
そしてセリカに向き直った。
「大丈夫か、セリカ・アーツベルク。」
「・・・はい。」
服の乱れを直したセリカはクロウを睨んでいる。
「警戒するのも無理はない、が・・・、医者としての腕は確かだ。安心しろ。」
「安心はできない。」
セリカは魔障痕をギュッと握った。
「その件についても誰かに話したりしないから安心しろ。」
「!」
「お前の担任と言ったろ。生徒の情報は把握している。お前が隠したいなら隠せばいい。だがこちらも配慮はしない。いいな。」
ジンの真っ直ぐな視線にセリカは頷いた。
「準備ができているなら行くぞ。」
ジンは部屋の棚に置いてあった小さな荷物を持った。セリカの荷物だ。
「おら、変態医師。とっとと仕事に戻れ。」
振り返った先にクロウはいない。チッと舌打ちして視線を戻せば、部屋から出ようとするセリカの前に立ちはだかっている。
「勘違いしないでほしいな、セリカ。例え魔障痕が無くても君はとても魅力的だ。オレはいつでもセリカを待っているよ。」
セリカの頬をゆっくり撫でながら肩にかかる髪の毛を掬い軽くキスをする。
セリカは右手で作った拳をみぞおちに入れようとした。
しかし、その攻撃を手で受け止めたクロウはセリカの耳元で囁いた。
「───────。ぐっ・・・・・!!」
セリカは思いきりクロウの脛を蹴り上げた。そしてそのまま足早に部屋から出ていった。
「イタタタタタタタ・・・・。」
「オマエ、蛇に絞め殺されるぞ。」
冷ややかな声音と共にジンも部屋から出ていく。
クロウは膝を折り脛を摩ったが、その口元には、意味ありげな笑みを浮かべていた。
真っ白な壁に光を反射するほど磨かれた廊下には人の気配がない。
そこに、2人分の足音が一際大きく響いている。
「ジン先生、ここは?」
「学園の中にある施設だ。病院ではないが医療体制はその辺の病院と引けを取らない。
2人はエレベーターホールで立ち止まった。エレベーターの上には『6』と数字が書いてある。セリカは初めてここが6階だということを知った。
「にしては、人を見かけませんが・・・。」
ジンは下向き三角のエレベーターボタンを押した。
「このフロアは一般患者ではなく特別患者用のフロアだからな。なるべく人と顔を合わせないよう注意してあるんだろう。」
「特別患者?」
「ワケあり、ってことだ。」
エレベーターの階数表示が点灯している。
点灯している数字が2から3に変わろうとしていた。
「今回お前は、課題中に足を滑らせて崖から滑落したことになっている。頭を強く打ったので精密検査の為入院、ということだ。」
「・・・。」
「
2人は理由もなく上を見上げている。点灯している数字が6になり、ガタンという音と共に扉が開いた。中には誰も乗っていない。
エレベーターに乗ったジンは『1』のエレベーターボタンを押した。
ガタンと扉が閉まり動き出すと、壁に寄りかかりながら再び口を開いた。
「察している通り、今回の課題に霊魔と咎人の存在は無かったことになっている。勿論、お前を含み咎人に関わった生徒には他言無用を要請している。」
「謹慎というのは?」
「まぁ、どこかで責任を取らないといけないからな。その辺は気にしなくていい。」
キンという音と共に扉が開く。どうやらエレベーターが1階に着いたようだ。
施設のロビーはたっぷりの光が差し込み解放感ある空間だった。人も複数いる。閉鎖的な空気にいたセリカはホッと息を吐いた。
その時、2人の姿を確認したある人物がロビーのソファーから立ち上がった。
「お前がこの施設に来て5日間経っている。明日からは通常通り授業を受けるように。他に何か質問は?」
「・・・。」
セリカは言い淀んだ。
「なんだ?」
「私の・・・この傷についてどこまでご存知なのですか?」
傷を握りしめながらジンを見れば、魔障痕があるであろう部分を一瞥した後に視線を窓の外へとうつす。眉間には皺が寄っていた。
「ただ魔障痕があるってことだけを聞いている。いつ、どんな霊魔にやられてできた傷なのかは知らない。」
「・・・。」
「魔障痕による影響がお前の体にどう響いているか聞いた方がいいか?」
セリカは首を振る。
「さっきも言ったが、傷を隠したいのなら隠せばいいさ。でも、1人で手に負えないと思うなら学園に協力を求めることもできる。霊魔が消滅しないとその傷は消えることはないからな。選択の自由はお前にある。
ただ・・・お前のそれはもう決めているって顔だな。」
ジンはいつものしたり顔で笑った。
「ただ、影響が危険なものだと判断すればその時は全力でお前を止める。一応教師だからな。それまでは・・・足掻いてみろ。」
ジンの鋭い視線にセリカは頷く。そして魔障痕をもう1度強く握った。
『その傷で困ったら遠慮なく来なさい。力になれると思うよ。』
クロウの脛を蹴り上げる前に耳打ちされた言葉だ。セリカはその言葉を振り払うように首を振った。
(これは・・・私だけの傷だっ!)
「オレが付き添えるのはここまでだ。あとはコイツに聞け。」
ロビーのソファーから立ち上がった人物はもう2人の目の前にいた。
「初めまして。セリカ・アーツベルクさん。私はライオス・リードです。」
細身で背の高い教師がセリカに柔らかく笑いかけた。
「ジン先生、謹慎処分の人がウロウロしていたらダメじゃないですか。早く自宅へお戻りください。」
「わーってるよ、口煩いやつだな。じゃーな。」
肩に担いでいた荷物をセリカに渡し、ジンは振り向くことなく歩いて行く。
その後ろ姿を見ながらライオスが独り言のように呟いた。
「今回の責任を1人で背負ったんです。バカですよね。本当に昔から変わらないんだから。」
「長いんですか、謹慎処分。」
「いえ、幸いなことに今回の課題に死人は出ていません。ケガ人もあなたを除いては、回復魔法である程度軽度な状態です。入院もしていませんしね。だからすぐ戻って来られるはずですよ。」
緊張したセリカの顔が少しだけほころぶ。
「さぁ、とりあえずあなたが森で気を失っていた時から入院中の話をしておきますね。複数の生徒からの意見と照合もしたいので確認をお願いします。歩きながらでもいいですか?」
ニッコリと笑うライオスの横に並んだセリカも静かに歩きだした。
学園に続く道の脇には等間隔でマロニエの木が植えてある。
薄いオレンジ色の紅葉した葉っぱが空の青によく映えていた。
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