第15話 文官
「我はアヴァーゼンのシュトと申す。どうぞ魔王アルカンタラ陛下にお目合わせ願いたい」
果たしてどれだけ同じことを言えば気が済むのだろう。
かの地に着いたのは夜明け過ぎ。そして今はもう陽が天頂へと差し掛かっている。
その間ずっとデジルバは両腕を後ろで縛られながら膝をつき、両隣に控える兵士から地面へ頭を押し付けられていた。
ここが王宮などではなくて良かった。磨き上げられた大理石では膝が痛かろう。
それに同じ死ぬのなら、嗅ぎ慣れた大地の香りを胸いっぱいに吸い込みながら死にたいとデシルバは以前から思っていた。
アヴァーゼンの内地生まれのデシルバとしては微かに漂う磯の香りに違和感を覚えるものの、まぁ贅沢は言うまい。
「我はアヴァーゼンのシュトと申す!」
それにしても。
本当にいつまで続けるつもりなのだろうか。
ヘリから降ろされた際に、このシュトと名乗る文官の顔をちらりと見た。
戦場で使い捨てられる武官と違い、曰く命が尽きるまで長く国を支えなくてはならぬらしい文官は、総じて爬虫類みたいな顔をした痩せぎすか、家畜みたいに丸々と太ったデブしかいない。シュトはその後者の典型であった。よくもまぁこんな重たいものを乗せて飛べたものだと、改めてヘリの凄さを痛感したものだ。
そのシュトが延々と同じ口上を述べている。
背後にて処刑を待つデシルバからは後ろ姿しか見えないが、今頃その豚にそっくりな顔は汗びっしょりになっていることだろう。
が、同情はしない。むしろ呆れて、怒り、さらには悲しみすら覚える。
普段は自分たちを戦う事しか知らぬ痴れ者と見下すくせして、なんなんだ、この体たらくは?
他国が魔王討伐を掲げる中、敢えて手を組み利用するという選択をするのはまぁいい。
その為に先の敗戦で軍を率いていた自分の首を差し出すというのも、理不尽ではあるが理解は出来る。文官なんかと違い、武官はまさに死ぬまでが仕事なのだから。
しかし、しかしだ。その為に魔王とコンタクトする方法が、鏡のように反射するばかりで中の様子を伺い知れないバリアの外から延々と取り次ぎを述べるというのは、あまりにも幼稚すぎやしないだろうか!?
こんなのがアヴァーゼンの高官でいいのだろうか……。
デシルバは祖国の未来が不安になってきた。
「我はアヴァーゼンのシュトと申す。なにとぞ、なにとぞ魔王アルカンタラ陛下にお目合わせ願いたい」
「おい、うっせぇぞ、さっきから! 何度も何度も同じこと言ってるんじゃねぇ!」
陽が西へ大きく傾き、シュトもさすがに疲れと焦りが見え始めた頃、バリアの中から初めて反応があった。
「おおっ! 我はアヴァーゼンのシュト――」
「だーかーら、何度も聞いたって! ちょっとは黙ってやがれ、このブタ野郎が!」
その一言にシュトの身体がピンと硬直したのがデシルバにも分かった。頭を押さえつけている両隣の兵士からも、俄かに緊張が伝わってくる。
どうやらシュトは文官らしく自尊心の塊らしい。しかも兵士の反応を見るに、かなり性質の悪いタイプのようだ。
ただ、そんなことはどうでもよかった。それよりも重要なのは、何故バリアの向こうからシュトのブタそっくりな姿を伺い知ることが出来たのかだ。外からは中の様子を見ることは出来ないというのに。まさか外から中は見えなくても、その逆は可能なのだろうか。
「今からそっちへ行く。ちょっと待ってろ」
シュトの頭頂から汗が湯気になって立ち上がり、デシルバが思考を巡らせる中、バリアに異変が起きた。
婉曲したバリアの一部分がまるで水飴のようにぬめりと変形したかと思うと、何者かが突き破って出てきたのだ。
それはデシルバにとって想像だにしていなかった光景だった。なんせ黄金帝国の新兵器すらも防ぎきったというバリアだ。見た目は鏡のようだが、実際は凄まじい硬度を誇るに違いないと思っていた。それがまさかこういう形で出てくるとは……。
「ひいぃ、狼!?」
もっとも驚きつつも声は出さなかったデシルバと違い、シュトは大袈裟に悲鳴をあげた。
が、それはバリアからの脱出方法ではなく、中から出てきた白銀の狼を纏った人物に対してらしい。
「おっす!」
「おおお、狼がしゃべったぁぁぁぁ!?」
ブタ呼ばわりされた先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか。見苦しいほどに狼狽えたシュトは、背後のデシルバを取り押さえていた兵士へと振り返り、口をぱくぱくさせる。
慌てて兵士のひとりがシュトのもとへ駆け寄り、足を震えさせながらもその身を守る。おかげでデシルバの拘束がわずかながら緩やかになった。
「俺は銀狼のガリィ。迎えに来てやったぞ」
「ひぃぃぃ!」
「遅くなって悪かったな。さぁ行くぞ」
「や、やめろ……私に近づくなぁ!」
「何言ってやがる。俺と一緒じゃないとバリアは抜けれねぇぞ?」
「おおおお! 衛兵、私をこの化け物から守れ!」
「おい、さっきからごちゃごちゃうるせぇっ! 喰われてぇのか!?」
ガリィの一言にシュトも兵士もぴきーんと固まった。
まったく。魔王を懐柔しようと来たのに、こんな狼モドキにビビッて大丈夫なのだろうか。先ほど以上の不安がデシルバを襲う。
とにかく、だ。
「おい、ガリィ。そこまでにしてくれ。さもないとそいつ、会談前にしょんべんを漏らすぞ」
「おお、デシルバのおっさん。しばらく見ないうちになんか大変なことになってんな、あんた」
「俺のことはどうでもいい。それよりここでそいつに漏らされたらアヴァーゼンは世界中の笑いものだ。そんなことになったら俺は死んでも死にきれん」
「仕方ねぇなぁ。こいつは借りだぞ」
これから処刑されるのだから返せるあてもないのだが、デシルバは地面に押し付けられた頭をわずかに動かす。
それを見てガリィがケラケラ笑いながら、銀狼の被り物を頭だけ脱いだ。
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