変わりゆく勢力図

…まさに悪魔のような所業。

地位もあり、美貌も英知も兼ね備えているだけに、その言動は容赦というものを知らない。


“こんな…こんなことなら、始めから自害しておくべきだった”。


唯香は己の先見の明のなさに、今更さしたる術もないままに唇を噛む。



…そう、これは見通せなかった自分への罰。

予測出来なかった自分への罪。



だが、今からでも遅くはない。

このまま負けを認め、彼の思惑通りにさせる訳にはいかない…!


唯香は、そう強く意思を固めると、きつく噛み締めた唇を解き、その間に舌を挟んだ。

ヴァルディアスの魔力によって、体には過度の負荷と、それによる激痛が加えられており、その部位しか自由に動くであろう箇所が無かったからだ。


しかし、そんな唯香の言動を、さすがにヴァルディアスは読んでいた。


「死ねば、逃れられるとでも思うか?」


闇魔界の皇帝の名に相応しい、冥界の王にも等しい死出の笑みで、冷たくも静かに、嘲笑う。


「だが、その考えは遥かに甘い。…自害などさせるものか。

それに、俺は約束を違える気はない」

「!…え…っ?」


唯香が、苦しみの下から弱々しくも、期待の目を向ける。

それにヴァルディアスは、妖しくも美しい表情を垣間見せた。


「お前の母・神崎玲奈に会わせてやろう」

「!ほ…本当に…!? 本当に…お母さんに…会わせてくれるの…!?」

「…ああ」


体の苦痛など忘れたかのように、希望に満ち溢れた声をあげる唯香に対して、ヴァルディアスは自嘲を意識した低い声で、冷酷に…そっと呟く。


母に会うまでは、お前は死など選ばないだろうと…


そして、



…“俺とお前の血を濃く引く子を、孫として見せつけるのも一興だろう”…と。



いつの間にか狂信的な笑みを浮かべていたヴァルディアスは、事成れりを強く実感せずにはいられなかった。


…もうすぐ。

そう、もう少しだ…!



もう少しで、自らの後継──

莫大な魔力と、相応の冷酷さを伴った、強力な闇の皇族が誕生する。



…これを悦と言わず、何と言おう?

産まれて来る子は、自らの望みのままに、思い通りに動かせる。


その魔力も、血筋も、存在すらも──

全てこの、己の手のうちにある。




…闇魔界の皇帝・ヴァルディアスが得た、子という名の最強の手駒の存在。



それによって偶発的に生じた、精の黒瞑界の皇子・カミュ=ブラインの、自界への不在。




この奇妙なタイミングの合致は、皮肉にも、自ずと精の黒瞑界側の劣勢を、周囲に知らしめていた。




…意図せず事態は転がってゆく。

輪廻の波の歪みにより、本来あるはずのない方向へと──



目に映るは、名もなき無数の墓標。

風に吹き荒び、朽ち果て、人知れず滅び、いずれは土へと還ってゆく…




耳に聞こえるは、地獄よりの使者にも、死神の甘美な誘いにも似た…

破滅と死を司るであろう、複数の闇の者による、静寂なる終焉の足音──

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