伏線を張る

「…、でも…」


渋り、躊躇う恭一と夏紀に、そんな母親の心境を察した累世は、反射的に声をあげていた。


「うるさい」

「…え?」


言われている意味が分からず、恭一が目をぱちくりさせると、累世は目を据わらせ、まるで喧嘩を売る不良さながらに二人に絡んだ。


「そういう辛気くさい遠慮は好きじゃない。

それに、俺に父親のことをけしかけたのはお前らだろう?」

「!…う」


言っていることが正しいだけに、恭一はもはやぐうの音も出ない。

代わって第二の関門である、夏紀が累世を窘めようとした。


「…お前はそう言うが、累世…」

「どっちが遠慮してるんだよ」

「!…」

「お前ら、自分から遠慮するなと言っておいて、こっちにはするのか? …理不尽だろう」

「……」


こちらも二の句がつげず、黙り込まざるを得なくなる。

それを認識すると、累世はまだまだ皮肉を込めて呟いた。


「…恭一も夏紀も、言っていることとやっていることが矛盾しすぎだ」

「…よな」


ここまで手ひどくやり込められて、恭一がぼそりと呟いた。


「…そうだよな…

そういえばこいつはこういう奴だった…」


いつになく深く肩を落として、恭一が呻く。

それに追い討ちをかけるかのように、累世はたたみかけた。


「とにかく、これ以上の遠慮は無しだ。いいな」

「…、ああ」


根負けしたように、夏紀が頭を抱え込んだ。

…この3人の力関係…

一見、恭一が主導権を握っているようでいて、その実、一番怖いのは…他でもない累世なのだ。


その当の累世は、溜め息にも似た息をつくことで心の平穏を図ると、唯香の方へと向き直った。


「元はといえば、唯香が変な前置きを入れるからだ」


平穏を図ったつもりが図られておらず、憮然と呟く息子に、唯香は口を尖らせた。


「だって、心の準備は必要でしょ?」

「…、言っていることは正しいが…」


釈然としない様子で、累世が呻く。

が、これでは堂々巡りなのが分かっているので、累世はあえてここで自らを抑えることにした。


「…まあいい、本題だ。

暇人のこいつらだって、いつまでもここにいられる訳じゃないしな」

「暇人は余計だ」


仏頂面も含めて、半眼で切り返した恭一は、近くにあった、ふかふかとしたソファーに腰を落ちつけた。

夏紀がそれに倣うと、累世も渋々座り込む。


3人が座ったのを見計らって、唯香もその場に腰を据え、その前にあったテーブルに両肘をつきながらも、その指同士を絡めた。


「…何から聞きたいの? 累世」

「!えっ…」


いきなり問われて、累世は返答に困った。

…確かに、父親のことに関しては聞きたかった。

そう、訊きたかったのだが…、いざそう問われると、何から訊いたら良いものか、まるで分からない。


…訊きたいことが多すぎる。

それ故に纏めきれない。


「……」

「…おい、どうしたんだ累世?」


恭一が心配そうに訊ねてくる。

しかし、今の累世には、恭一のその声は届いていなかった。


累世は自らの脳の中で、葛藤と困惑を繰り返していた。


…聞きたいこと。

“訊きたいこと”…


まず始めに…父親の何が知りたい?

…自分が現段階で、一番気になることは何だろう…


「…、唯香…、訊いても構わないか?」

「なに?」


唯香は、すぐさま問うてきた。

それを鋭く見定めた累世は、自らの心が指し示すままに保険をかける。


「質問には…幾つ答えてくれるんだ?」

「えっ…?」

「…話の途中で、感情が乱れて答えられなくなるのだけは御免だからな」


母親である唯香の性格を見越した累世は、伏線という名の保険を、ここできっちりとかけておくことにした。

この前置きがある以上、途中で話を止めることは許されない…

ある意味では、悪徳ともいえる保険だった。


だが、累世からすれば、以前から引きずっているはずの、強い思慕の対象である父親の情報は、中途半端に得たくはなかった。


半端に知れば、未練が増えるだけだ。

それならいっそ、知らない方がまだ救われる。


すると、そんな累世の切羽詰まった感情を読み取ったのか、唯香がわざと明るく振る舞った。


「大丈夫だって。累世も気を遣いすぎ。…そんなに心配しなくても、あたしはちゃんと答えるよ?」

「…、そうか」


この返答から、どうやら大丈夫そうだと判断した累世は、かけていた保険をそのまま切り捨てた。

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