刻《とき》の始まり

勝ち誇ったようなサヴァイスの言葉に、レイヴァンははっとした。


「!…皇子、憎むな…、サヴァイス様を憎んではいけない!」

『…黙れ、レイヴァン…』

「皇子っ!」


レイヴァンの咎めるような呼びかけを、カミュは冷酷に突っぱねた。

…その感情が、その表情が…そしてその言動が全て、主人格である、あのカミュに戻っていく。


「!…やはり…そうか」


…レイヴァンが強く危惧したのは、まさしくこれだった。

主導権を握っていたはずのサヴァイスは、カミュを自分側に引き込む術として、副人格の感情を逆撫でし、更に利用したのだ。


その目論見通り、副人格は、これ以上ないほどに感情を揺らがされ、その隙をついた主人格に取って代わられた…!



まさしく、光が闇を生む形となって。



すると、今まで抑えられていた主人格…

本来のカミュは、ようやく何かから解き放たれたかのように、残虐に笑った。


「…あの忌々しい副人格は押さえ込んだ。

レイヴァン…、貴様、親子共々、父上に逆らおうとは…、よほど死にたいらしいな?」

「…、こちらこそ、皇子…貴方に娘を預けておけないのは、よく理解できた」

「!…な…んだと…!?」


険しい表情で、カミュが聞き咎めると、レイヴァンは唯香を静かに抱き上げ…

次の瞬間、カミュに射抜くような鋭い視線を送った。


「!…」


強者のみが持つに相応しい、独特かつ特有の威圧感に、カミュはほんの一時ではあるが、間違いなく彼に脅え、怯んだ。

その合間を縫って、レイヴァンはサヴァイスが監視し、魔力によって宙に浮かせたままの、双子のうちのひとりに目をつけた。


…二人共を取り戻すのは無理だ。

だが、一人だけなら…!


「…やってみる価値はありそうだな」


呟いて、ちらりと空間の入り口に目を走らせる。

…この場に、将臣とマリィの二人が、未だに現れない理由、それは…


「…、六魔将は、奴らに足止めされているか…

周到なことだ」

「!」


レイヴァンの心を見透かしたかのように、サヴァイスが呟いたことで、レイヴァンは主人に対する認識が、まだまだ甘かったことに気付かされた。


…だが、何とかしてこの聡明な皇帝の足下を掬わなければならない。


しかし、どうやって…?



レイヴァンが、つとめて平静を装って考えを巡らせていると、突然、その手に抱えている唯香の体が、眩い蒼に光った。


「!?」


それはあまりにも唐突な出来事で、まさか魔力も覚醒していない唯香に、そのような兆候が現れるなどとは思ってもみなかった、カミュとサヴァイス…二人の目が、同時に眩んだ。


「!…何だ、この光は…」


…薄暗い闇の中に、確かな存在をもって切り裂く蒼。

太陽と見紛う程の、強烈かつ鮮烈な…その光。

今まで見たこともない、ある意味では斬新な、光の波動…!


「!く…」


その過剰な光の質量に、サヴァイスが思わず、鈍い痛みを覚えた左目を、自らの左手で覆う。

…その際、レイヴァンの居場所は、完全に彼の死角へと入った。


「!」


それに気付いたレイヴァンは、すかさずカミュの様子に目を向けた。

カミュも同様に目をやられたらしく、その美しい顔は、半分以上が手で覆われている。


だとすれば…

実力的に勝るであろう彼らを出し抜くチャンスは、今しかない…!


レイヴァンは意を決すると、唯香を支えたまま、自らの魔力を一気に高めると、ほんの一瞬だけ時を止めた。


同時に、いまだ目の調子が定かではないらしいサヴァイスの隙をついて、双子のうちのひとり…

ルイセをその腕に抱く。

結果として、レイヴァンの右腕には唯香、左腕にはルイセが存在する形になった。


…期は満ちて、再び時は動き出す。


すると、双子の片割れが失せたことを一瞬にして察したサヴァイスは、獣さながらの、血に飢えた鋭い右目をレイヴァンへと向けた。


「…、レイヴァン…!」

「…サヴァイス様が何と仰られようと、これは娘と、皇子の望みでもあると判断致します」

「!…っ、ふざけるな、貴様っ!」


カミュが、これ以上ない怒りを露にし、レイヴァンを睨む。


「それを望んだのは、愚かな副人格の方だ! 俺自身はそんなことは望んではいない!

──レイヴァン、今なら見逃してやる。おとなしく父上に、俺の子を返せ!」

「…、この子は、貴方の子ではない…と言ったら?」

「!…まだそんな戯言を言うか!」


カミュは怒りに任せて、レイヴァンに攻撃を仕掛けた。

しかしレイヴァンは、娘とその子…、2つの枷があるとは思えないほど、機敏にそれをかわす。


そのまま、レイヴァンが空間の入り口に目をやると、そこに将臣とマリィが、六魔将たちをくい止めながらもなだれ込んできた。

その体は擦り傷や痣が目立ち、中には出血している箇所もあり、彼らの戦いの激しさを物語っている。


「!っ、親父っ…、早くしろ!」

「マリィたちだけじゃ、いつまでも六魔将は抑えきれない…

レイヴァン、早くっ!」


二人が叫ぶのを聞きつけ、レイヴァンは子らを腕に抱きながら、そちらへ身を翻す。

…だが。


「待て、レイヴァン!」


カミュの呼びかけに、レイヴァンはわずかに振り返った。

…無言のまま、カミュを見る。

カミュは、まるで親の仇でも見るような目で、強くレイヴァンを見据えると、低く呟いた。


「…このまま無事に逃げられると思うな。お前の娘は、いつか俺が必ず支配し、なぶり殺しにしてやる…!」

「……」


レイヴァンは、無表情にカミュを一瞥し、魔力を用いて姿を消した。

それを察した将臣とマリィも、そのまま彼の後を追う。


…そんな彼らの動きを見て、サヴァイスが…

より冷たい笑みを、その口元に浮かべた。




→TO BE CONTINUED…

NEXT:†禍月の誘い†

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