無情な帰還

その、あまりにも見事な切り返しに、唯香が言葉を探しているのに気付いたカミュは、話を終わらせるべく言葉を紡いだ。


「…、下らない話はこれまでだ。貴様ごときに、これ以上の時間を費やしている暇はない」

「!…帰るの…?」


唯香の怒りが徐々に抜け始め、代わりに、言いようのない絶望感がその体を支配した。


「帰っちゃうの…!? ねえ、カミュ!」

「…貴様…、よほど殺されたいようだな。俺に、馴れ馴れしく話しかけるな」


カミュが、相変わらず唯香に背を向けたまま話すのを見て、カイネルがさすがに気の毒に思ったのか、唯香に助け船を出した。


「カミュ様、いくら何でも、それは…」

「…カイネル」


カミュが、美しくも殺気を含んだ、その鋭い瞳をカイネルに向ける。


「!っ…、申し訳…ないです」

「お前の実力は高く評価しているが、下らないものに情が移る欠点は相変わらずだな。

まあいい。お前に免じて、そこの人間とその一族だけは見逃してやる」

「!…はい」


カイネルが恭しく頭を下げると、カミュはその視線を、屋敷の方へと走らせた。


「それから、父上が認めたという妹・“マリィ”の世話だが… お前たち六魔将に任せる」

「はっ…!?」


聞き間違いかと、カイネルが思わず上擦った声をあげる。

それをサリアは、例の強烈な肘鉄で黙らせた。


「!ぐぇっ」


凄まじい威力の不意打ちを食らって、蛙がひき潰されたような奇声と共に、カイネルが悶絶する。

しかし、それを仕掛けたサリアは、カイネルを乾いた目で一瞥すると、次にはカミュへと向き直った。


「大変失礼致しました、カミュ様。…それで、マリィ様のお世話ですが、我々六魔将に任せていただけるとか…」

「ああ。妹など居たところで、何の役にも立たない。戦いにおいても、足手纏いになるだけだ。

…妹の処遇は、お前たちに任せる」

「…御意」


サリアは、すんなりとカミュの言葉に従い、カイネル同様に頭を下げた。

すると、少し離れた場所で会話していたフェンネルとシンが、互いの情報交換が済んだのか、カミュの元へと戻って来た。


シンは、先程ルファイアに見せたそれとは打って変わって、カミュに満面の笑顔を見せた。


「ご無事そうで何よりです、カミュ様」

「ああ。…どうやらお前に助けられたようだな、シン。礼を言う」

「カミュ様…!」


シンが、その笑みを人懐こいものへと変える。

その傍らにいたフェンネルは、そんなシンを見ながらも、カミュに話しかけた。


「カミュ様、もはや人間界に留まる意義はありません。そろそろご帰還なされては…」

「分かっている、フェンネル」


頷いたカミュは、もう一度、唯香に目をやった。


…全く記憶にない、人間の少女。


だが、その少女が自分を見る目は、絶え間ない不安と深い絶望に覆われ、自分の瞳を、縋るように捉える。



…カミュには分からなかった。


…何故だ。

何故、自分たちとは違う種族に、こんな目を向けられる?

…いつ殺されるかも知れない相手に。


…何故なんだ…



「!…っ、マリィのことは、カイネルとサリアに任せる!

フェンネル、シン、帰還するぞ!」


自らの感情を振り切るように告げたカミュは、そのまま魔力によって姿を消した。

一瞬のうちに、フェンネルとシンの二人もそれに続く。


「!…カミュ…!?」


後に残された唯香は、それを止める術もなく、ましてや暇すらも与えられず…

彼の名だけをその場にとけ込ませ、

…ただ、立ち尽くしていた。




縋ってはいけなかった。

彼とは、元々住む世界が違っていたのだから。


…出会うべきではなかった。

彼がいなくなった…、それだけで、自分の体がこんなにも動かなくなると知っていれば…


種族が違っても、

自分が彼にとっての餌でも、

自分の立場自体が無様なものでも構わない。


…我が儘だとは分かっていても、

それでも彼には傍にいて欲しかった。

例え永遠は無理でも、

少しでも…、刹那でも長く。




…その感情が何であるかに、はっきりと気付いた時…

唯香は音もなくその場に崩れ落ち、声をあげて泣いた。




→TO BE CONTINUED…

NEXT:†記憶の狭間で†

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