第4章 6 まるで別人

 メイドの後に続き、お父様と一緒にエントランスホールへ駆けつけた私の前に現れた人物は・・・ナッツさんだった。普段の彼なら白のYシャツにサスペンダー付きのトラウザー姿なのに、今夜は特別だった。

黒のフロックコートには袖と襟元、裾の部分に金糸の刺繍が施されている。その下にに着込んだ紺色ベストには金ボタン、真っ白なシャツには襟元に青いスカーフが結ばれている。そして白いトラウザーズはとても良くナッツさんに似合っていた。


「こんばんは、ロザリアちゃん。約束通り迎えに来たよ。」


私は目の前に立っているナッツさんがまるで別人に見えたので、思わず間抜けな質問をしてしまった。


「あ、あの・・・本物の・・ナ、ナッツさん・・・ですか?」


「うん、そうだよ。」


ナッツさんはニコニコしながら私をじっと見つめている。


「あ、あの・・も、もしや貴方様は・・・!」


お父様は何故かナッツさんを見て真っ青になっている。


「お父様も・・・ナッツさんの知り合いですか?」


するとお父様は慌てたように言った。


「ロ、ロザリア。何を言っているのだ?この方は・・。」


するとナッツさんは突然お父様に向かって右手の人差し指を立てて口元に持っていき、静かにするようにジェスチャーを送る。


「・・・・」


それを目にしたお父様は途端に口を閉ざしてしまった。


「あの・・・?」


訳が分からずナッツさんを見ると彼は言った。


「さあ、ロザリアちゃん。今から俺と一緒にパレードに行こう。ではギンテル伯爵。ロザリアちゃんをお借りしますよ。」


「はい!どうぞ娘をよろしくお願いいたします!」


父に見送られ私とナッツさんは屋敷を出た―。




「ええっ?!この馬車に乗るんですかっ?!」


屋敷の前に止められた馬車を見て私は思わずのけぞりそうになってしまった。黒塗りにピカピカに光る金箔を貼られた馬車は二頭立てになっている。


「うん、そうだよ。」


すると正装した男性御者が馬車の扉を開けると恭しくお辞儀をしてきた。


「さあ、馬車に乗ろう。ロザリアちゃん。」


ナッツさんは笑みを浮かべて私に手を差し伸べてきた。


「は、はい・・・。」


緊張してすっかり拘縮しながらもナッツさんに手を差し出すと、彼はその手を力強く握りしめてくれた―。




ガラガラガラガラ・・・・



「「・・・。」」


乗り心地の良い馬車の中で私とナッツさんは向かい合わせで座っていた。ナッツさんは何故か一言も話さず、じっと私を見つめている。その目はいつもとは違い・・何故か熱をもっているようにも見えた。

無言の熱い視線に耐えられず、とうとう私はナッツさんに声を掛けた。


「あの・・・。」


「何だい?」


ナッツさんは優しい声で返事をする。


「貴方は・・・何者ですか?」


自分でも妙な質問をしているとは思いつつ、咄嗟にうまい言葉が思いつかなかった。

ナッツさんは私の質問にフッと笑みを浮かべると言った。


「俺が何者か・・・・。ロザリアちゃんは俺の正体を知らないって事だね?」


「は、はい・・・。」


何だかナッツさんの正体を知らないことが申し訳ない気分になり、思わず俯く私。


「そうか・・それじゃこれだけは言っておくよ。少なくとも俺はナッツって名前じゃ無いって事をね。俺の正体は・・パレード会場に着けば分かるよ。」


そしてナッツさんは私にウィンクをした―。


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