第15話 もう怖くないの

 紗希による地獄のトレーニングから解放された俺は、風呂で汗を流したあと自室のベットで溶けかけのスライムのように這いつくばっていた。


「いてて……。こりゃ明日も全身筋肉痛だな」


 暗い部屋の中、昼間に会ったニコのことを思い出す。


 やはり彼はどこか異様な雰囲気を身に纏っている。


 次に会ったときにはもう一度彼についてよく問い詰めた方が良いかもしれない。


 何となくテレビを電源を点ける。画面には近所で起こった未解決事件の特集が流れていた。


「そういえばこんな事件もあったなぁ……」

「紡~? 起きてる~?」


 ぼーっとテレビを眺めているとドアをコンコンとノックしながらヒマリが部屋の外から声をかけてくる。


「勝手に入るからね~」


 俺の返事を待たずしてヒマリは部屋へとずかずか侵入してくる。全く……。年頃の男子の部屋に許可無しに入るリスクをもうちょっと考慮して欲しい。


「どうしたんだ?」

「読んでる漫画の続きを借りに来たんだよ」


 ヒマリは数冊抱えていた漫画を本棚に戻しながら続きの巻を探す。


 俺は全身筋肉痛のせいで一緒に探してやる気力はなかったので、ベッドに横になったままヒマリを眺めていた。


 ヒマリはお目当ての漫画を見つけたようで手に取ると俺のベッドの空いたスペースに座り、そのまま読み始めた。


「おい。自分の部屋で読めよ」

「いいじゃんいいじゃん」

「ったく……」


 俺はヒマリと逆の方へと寝返りをうちゆっくり目を閉じる。


 紗希のせいで俺の体力はもう限界だった。


 意識がだんだんと不透明になっていく。


 夢の世界まであと一歩。そんなタイミングに背中にくすぐったくなるような温もりを感じた。


「ッッ!! 何してんだよ!?」


 どうやらヒマリが横へ寝そべり、顔を俺の背中にくっつけているらしい。


「あのさ……紡」

「なっなんだよ」


 こんな至近距離で女の子の吐息を感じることは普段ないからか、心拍数が急激に上昇し張り裂けそうになる。


「ありがとね」

「なっなにが?」


 ヒマリは俺のティーシャツをぎゅっと握りしめながら話を続ける。


「前に言ったじゃん? 魔獣シャドウと戦うのが怖いって話」

「うん……」

「あたしね、結構自分の実力には自信あったんだ。最年少で上級魔女に昇格したし、魔界で魔獣シャドウに気後れしたことはなかったの」


 ティーシャツを握る手に一層力が込められていく。


「でもね、紡に助けられたときに思っちゃったんだ。あたしって大したことないって。きっと人間界で戦うことはできないだろうなって――だけど、紡が『俺も怖いよ』って伝えてくれたときに、こんなに強い人でも怖いんだって思ったら、少しだけ心が軽くなったの。だからもう怖くないの」

「そっか……。だからこの前魔獣シャドウと戦ったとき——」

「そ! だからいつかお礼しなきゃいけないと思ってね――じゃあお休み、紡」


 ヒマリはそっと俺の背中から離れるとそのまま部屋から出ていった。


 それから暫く背中に残った柔らかな温もりのせいで、俺は眠りにつくことは出来なかった。

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