6-16. 親孝行

「これからどうするの?」

 ドロシーが聞いてくる。

「実は、両親に会ってこようかと思って……」

「え? それなら私も行くわ」

「ありがとう。でも、うーん、俺は死んだことになってるから、受け入れてくれるかどうか……」

 うつむく俺を、ドロシーはジッと見つめ……、そして俺の手を取って明るく言った。

「行ってみましょ!」


 俺は電話でアポを取る。懐かしい母親の声につい泣きそうになってしまった。


       ◇


 ピンポーン!

 懐かしい実家の玄関の呼び鈴を押す。

「ハーイ、どうぞ」

 インターホンから母親の声がして、ガチャッとドアが開いた。

 出てきたのは約二十年ぶりの懐かしい母親だった。すっかり老け込んで白髪も目立ち、痩せこけていた。俺は目頭が熱くなるのを押さえ、

「電話した者です。お忙しいところすみません」

 そう言って頭を下げた。


 俺たちは応接間へと通された。懐かしい家の匂いがする。

 テーブルの向こうに母と父が並び、怪訝そうな顔でこちらを見る。

「で、豊の知り合いということですけど、どういったご要件ですか?」

 父親が淡々と聞いてくる。

「パパ、ママ、俺だよ、豊だよ」

 俺は穏やかな笑顔で言った。

「え? 豊?」「はぁ?」

 唖然あぜんとする両親。

「信じられないと思うんだけど、一回死んで生まれ変わったんだ」

「え? 豊の生まれ変わり?」

 ママが目を丸くして俺を見る。

「そこのガラスの絵皿、俺が富士山で描いたポケモンだろ、それから、あの写真は箱根に行った時に撮った奴だ。この写真の後、俺が転んで迷惑かけちゃった……、ゴメンね」

 パパとママは顔を見合わせ、信じられないという顔をした。


「ほ、本当に豊なの?」

「最後に一緒に行った旅行はどこだ?」

 パパが険しい目で俺を見て聞く。

「最後……。スペインかな? マドリードから寝台でバルセロナへ行って……サグラダファミリア見たかな? そうそう、サグラダファミリアの近くのコインランドリーで洗濯したよね」

「豊――――!!」

 ママがいきなり飛びついてきた。

「おーぅおぅおぅ……」

 号泣するママ。

 俺もつられて涙がポロポロとこぼれてきた。

「親不孝でごめん。言うこと聞かなくてコロッと死んじゃって……。本当に反省しているんだ」

「ホント、バカだよ、この子は!」

 しばらく二人は抱き合っていた。


「で、今はどういう暮らしをしているんだ? こちらの女性は?」

 パパが聞いてくる。

「あ、今はとある会社にお世話になってるんだ。そして、彼女は妻なんだ」

 ドロシーはぎこちなくお辞儀をする。

「えっ? お前、結婚したのか? こんな可愛い子と?」

 照れるドロシー。

「そうなんだ。それから……。もう、孫も……、生まれる予定だよ」

「えっ!? 孫!?」

 唖然あぜんとする二人。

「女の子だって。生まれたら連れてくるね」

「うわぁぁ……。もう、全て諦めてたのよぉ……」

 ママはまた号泣した。

 若くして死んでしまったバカ息子が、いきなり嫁と孫を連れてひょっこりと現れたのだ。それは感無量だろう。俺も泣けてきてしまう。


 その後、パパは物置から写真アルバムを出してきて、俺の赤ちゃん時代の写真を広げた。

「え? これがあなた?」

 プクプクとしたかわいい赤ちゃんが、まだ若いママに抱かれているのを見て驚くドロシー。

「なんだか恥ずかしいなぁ……」

「もうこの子はヤンチャで困ったのよ~」

 ママは当時を思い出しながら感慨深く言う。

「今もヤンチャです!」

 ドロシーはママに言った。

「あらやだ! もうパパになるんでしょ、しっかりして!」

 ママはうれしそうに俺に言う。目には涙が光っていた。


 最後に俺はお土産のブランドバッグと腕時計を渡し、家を後にする。黒塗りの外車が玄関まで迎えに来ているのを見て、パパもママも目を白黒とさせていた。次の機会にはしっかりと親孝行しよう。

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