5-6. 正すべき歪み

 キィィィ――――ン!

 甲高い音が響き、ゆっくりとエンジンに火が入る。


『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』

 スピーカーも復活し、スカイパトロールからの警告が響く。

「しつこいのう……」

 レヴィアは画面を操作して救難信号を発した。

『システムトラブル発生。救難を申請します。システムトラブル発生。救難を申請します』

 スピーカーから無機質な声が流れる。


「まずは遭難を装うのが基本じゃな。そしてこうじゃ!」

 レヴィアは舵を操作して、海王星に真っ逆さまに落ちて行くルートをとった。

 通常、大気圏突入時には浅い角度で徐々に速度を落としながら降りていく。急角度で突入した場合、燃え尽きてしまうからだ。しかし、レヴィアの選んだルートは燃え尽きるルート、まさに自殺行為だった。

 俺は焦って、

「レヴィア様、それ、危険じゃないですか?」

 と、聞いた。

「スカイパトロールから逃げきるにはこのルートしかない。奴らは追ってこれまい」

「そりゃ、こんな自殺行為、追ってこられませんが……、この船持つんですか?」

「持つ訳なかろう。壊れる前に減速はせねばならん」

 俺は思わず天を仰いだ。次から次へと起こる命がけの綱渡りに頭が痛くなる。


 操縦パネルの隣には立体レーダーがあり、スカイパトロールの位置が表示されている。俺は横からそれをじっと見つめた……。彼らも燃え尽きルートを追いかけてきているようだ。


「追いかけてきますよ」

「しつこい奴らじゃ……」


 ヴィーン! ヴィーン!

 いきなり警報が鳴った。

『設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください。設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください』

「うるさいのう……。そんなの分かっとるんじゃ!」

 シャトルの前方全体が赤く光りだした。ものすごい速度で空気にぶつかっているので、断熱圧縮でどんどん温度が上がってしまっている。まさに流星状態である。


 シャトルが燃え上がるのが先か、スカイパトロールが諦めるのが先か……。

 俺はただ、祈ることしかできなかった。

 船内にはゴォォォーという恐ろしい轟音が響き、焦げ臭いにおいがただよい始める。


「奴らもヤバいはずなんじゃが……」

 レヴィアは眉間みけんにしわを寄せながら立体レーダーをにらむ。


 ボン!

 シャトルの右翼の先端が爆発し、シャトルが大きく揺れた。操縦パネルに大きく赤く『WARNING』の表示が点滅する。

「レヴィア様、ここは減速しましょう!」

 俺は真っ青になって言う。死んでしまったら元も子もないのだ。しかし、レヴィアは、

「黙っとれ! ここが勝負どころじゃ!」

 と、叫び、パネルの温度表示をにらむ。

 どんどん上がっていく温度……。

 俺は冷や汗が噴き出してきて止まらない。一度死んで生まれ変わったこの人生。今死んだらどうなるのだろうか? また美奈先輩の所へ行けるのだろうか? 行けたとしてまた生まれ変わらせてくれるのだろうか? 確か『一回だけ』と、言われていたような……。

 いや、これは俺だけの問題じゃない。ドロシーもアンジューのみんなの問題でもあるのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 俺は必死に祈った。それこそ、全力で祈った。


 その時だった。

「ヨシッ!」

 レヴィアはエンジンに最大の逆噴射をかける。激しいGがかかり、シートベルトが俺の身体に食い込む。

 見ると、レーダー上でスカイパトロールが進路を変更していく。

 

 次の瞬間、ボシュッと音がして目の前が真っ白になった。どうやら高層雲に突っ込んだようだ。

 しかし温度はなかなか下がらない。


 ボン!

 今度は左翼の先端が爆発し、シャトルはきりもみ状態に陥った。

 グルグルと回る視界の中、俺は叫ぶ。

「レヴィア様ぁ!」

「うるさい、黙っとれ!」

 グルグルと回転する中、シャトルの制御を取り戻すべくレヴィアは必死に舵を操作する。

 真っ白な雲の中、グルグル回りながら俺は孤児院での暮らしを思い出していた。走馬灯という奴かもしれない。薬草を集め、ドロシーと一緒に剣を研いでいたあの頃……。楽しかったなぁ……。まさか海王星でこんな目に遭うなんて想像もできなかった。


 俺の人生は正解だったのか?


 グルグル回る視野の中、俺は悩む。

 チートで好き放題したことも、ドロシーと結婚したことも、奪還しに行ったことも正しかったのだろうか……?

 自分が選び取った未来ではあったが、多くの人に迷惑をかけてしまったかもしれない。俺が余計なことをしたから、こんなことになってしまっているのかも……。どうしよう……。


 俺が頭を抱えていると徐々に回転が収まってきた。


「ヨッシャー!」

 レヴィアが叫ぶ。


 やがて回転は止まり、見れば、温度も速度も徐々に落ちている。

 そして、ボシュッと音がして俺たちは雲を抜けた。


 いきなり目の前にあおい水平線が広がる。

「おぉ……」

 俺はどこまでも広がる広大な海王星の世界に圧倒された。


 もう邪魔する者はいない。俺はレヴィアの奮闘に心から感謝をした。


 よく考えたらこの事態は俺のせいだけではない。世界に溜まっていたひずみが俺という存在を切っ掛けに一気に顕在けんざい化しただけなのだ。

 悩む事など無い。ここまで来たらこのほころんでしまった世界を正す以外ない。俺の選択が正しかったかどうかは次の一手で決まる。ヌチ・ギを倒すためにはるばる来た海王星。何が何でも正解をつかみ取ってやるのだ。

 俺はどこまでも澄んだあおの美しさに見ほれながら、こぶしをギュッと握った。

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