第11話 ゴットフリート
◇ゴットフリート
「——来ねぇ」
「——来ないねぇ」
俺達はルネが指定した約束の場所に三十分以上待っているのに以前としてくる気配が無い。
日もすっかり暮れ、王都の外から帰ってくる人も次第に減ってきているようになってきた。
「ごめぇーん‼おーくーれーたー‼」
聞き覚えのある声は王城へ続く大通りでも、商店街の方でも、ましてや王都の外の方でもなくそれは夜空の方から聞こえてきた。
ドスンッ!と軽く地面を震わせながら颯爽と登場したのはルネだった。
「遅いよ!三十分の遅刻!」
嗚呼ルネよ、南無三。
「ちょっと人に絡まれてたんだよ。悪かったって」
「それなら先に連絡をよこしなさい!」
「え、あーごめんって」
ルネは苦笑いしながら両手を合わせながら謝っているが、しかし怒られのプロの俺からすればそれは悪手だぞ。
「そもそも時間には遅れないように五分前行動は基本でしょ!」
それからガミガミとテイラーとルネはまるで母親と子供のように説教が始まった。
しばらくしてルネが半泣きになっていたことに気づいた俺は
「おい、テイラーもその辺にしてやれ。ルネも次は気をつけろよ」
「うん……ぐすん」
ルネの約束に幾度も遅刻や忘れてすっぽかしたときは無茶苦茶キレられることを知っている俺としてはこういう時は土下座で謝り倒すことが最善なのである。そうすることで反省していることはアピールできるので説教時間を短縮させることができる。
とは言えそれで怒られることなくなるわけではないので効果は薄いということも知っている。勿論ソースは俺である。
「ほれハンカチ使え」
ルネが目に涙を浮かべているので俺はハンカチを差し出すと、涙を拭ってチーンと鼻をかんで俺の顔の前に突き出した。
「そんじゃ食事に行くぞ」
「おー!」
さっきまでウサギのように目を赤くしていたルネはその様子を一切見せること無く、大きな声を上げる。
「お前、さてはさっきまでウソ泣きしてたか?」
「えぇ?なんのことぉ?」
ルネは先ほどまでの表情とはうって変わってニヤニヤと腹の立つような顔で俺を見上げた。
説教歴五年の俺が説教一日の女に負けただと……
「あんた達ホントに何やってるの?」
まさか初日で説教を攻略する人間が現れるとはと考える俺とルネの間で火花を散らしている二人に呆れるようにテイラーは言葉を漏らさずにはいられなかった。
「そういえばアンディ君、そのネックレスは?」
「ああ、これか。これはテイラーが俺の誕生日プレゼントにって作ってくれたメモリアライトのネックレスだ」
そう言うとるルネは驚いたように大きく目を見開くと、
「え、アンディ君、今日誕生日なの⁉へぇ~……あ、そっかそっか、ふぅーんテイラーちゃんもやることやってんだねぇ」
一瞬だけ間を空ける様に言うとルネはテイラーをまたニチャアという効果音が相応しいような目で見た。
「別にやることやってなんて……」
おいおい、さっきまであんな威勢よくルネを叱っていたのになんでそこで弱弱しくなっちゃうの?
そうこうして、大通りを歩いているとそこにはひと際賑わっているところがあった。
店の扉を開ければそこはログハウス調のビアホールになっていて、この世界の人であろうとプレイヤーであろうと構いはせずに一緒に食事を取ったり、酒を飲み交わしたりしていた。
「別に全員が君らをモノのように思ってるんじゃないんだよ?」
それは今までプレイヤーは普通、俺達をただ経験値にしか思っていないやつらばかりだと思っていた価値観を覆すものだった。
「ささ、好きなもの頼んで!今日はアンディ君の誕生日ってこともあるし奢ったげるから」
メニューを見れば並んでいるのは普段では食べなれない肉料理や海鮮料理が並んでいる。
「こ、これ何頼んでもいいの?」
ジュルリと珍しく涎が垂れそうなほど前のめりになりながらテイラーはルネと顔を見合わせた。
実際、テイラーでなくとも俺もメニューを見ているだけでどんどん空腹感をそそられる。
十分ほどテイラーが悩んでいるとルネは暫く何も言わず、面倒臭そうに見つめていたのだが痺れを切らしたように口を開いた。
「——あのさもう全部頼もうか。僕もう腹減ったよアンディ君。君らも食べるかい?」
ルネの提案を聞いたビアホールにいた人は飛び上がったり、大声で喜びを露わにした。
やがてルネが宣言したように全ての料理が中央にあるテーブルに全ての料理が並べられると皆が料理に飛びつくように俺らもまた料理に飛びついた。
まあ、今日のところは俺達も羽目を外させてもらおう。な?……あれ、あれいない。
右を見ればテイラーがいない。左を見ればルネがいない。
俺が彼女らを探していると二人は戦場と化した中央のテーブルへ飛び込んでいた。
「おい邪魔だ!僕がそのポテトを食べるんだぞ!僕が払ったんだからな!僕が食うんだ!」
「あたしのローストビーフ返せ!おい!君!ちょ、取りすぎ!取りすぎ!」
「おい、二人とも落ち——」
俺も戦場参入しないと料理が——料理が、ない⁉
「おい、お前ら料理どうした?」
「もう無いよ。あ、これあげる」
ルネはポテトの横についていたパセリを摘まんでポイッと俺の皿に投げつける。
おい。お前、これ虐めだろ。
「しょーがないなー、じゃあこれあたしからね」
テイラーが俺の皿へと乗せる、レモンを。そう、あの唐揚げの横に乗っているレモンを。しかも既に搾り済み。
「あのーテイラーさん、そちらのお皿に乗ってらっしゃる唐揚げを——」
俺がテイラーから唐揚げを貰おうと交渉すると、テイラーからは二コリと一つ冷たい笑顔だけが返ってきた。
「あのぉ、笑顔ではなく唐揚g——」
「はい、これ」
レモンである。渡されたのはレモンである。
お前らホント泣くぞ。
仕方ないので俺は皆が残したパセリやレモンなどの余り物を食べることにしよう。
しかし、時々顔も名も知らないプレイヤーが少し食べ物を分けてくれていた。
「坊主、パセリとレモンだけや流石に足らんやろ。ほれ俺のシュリンプもちびっと分けてやる」
「あ、ありがとうございます!」
俺にシュリンプをくれたおっちゃんは俺にそれだけわけると「いいってことよ」とだけ言葉を残し、直ぐに去って行った。ありがとう……おっちゃん……
その後もレモンやパセリを食べていると、入口の方から——ドカンッという大きな音がした。
そこには一人の男が乱暴に入口を蹴り開けて入ってきた。
「お、ルネじゃーん!」
細身ではあるが体は引き締まっていて、群青色のラインが施された騎士のような純白のコートにを装うその男はルネに気づくと小走りでルネの方へと向かってきた。
ていうかなんだこのチャラそうな男は。話しぶりから考えるにルネの知り合いか何かか?
「おい、ちょっと待ちや、兄(あん)ちゃん。その装備、お前さんほんのリアルで二か月前にこのゲームを始めてそれから一か月もせずにタイマンで権天級でありながら熾天級に勝ったって話題になってるルーキー——ゴットフリートやな」
男——ゴットフリートが進むのを阻むようなして先ほど俺にシュリンプをくれたおっちゃんが立ち塞がった。
「へー、おっさんオレのこと知ってんだ。まぁ関係ないけど」
それでもゴットフリートは立ち塞がったおっちゃんを鬱陶しそうに見つめ、その目の前まで歩みを進める。
「お前さん、NPCとの共存を考えてへんやろ。ここのビアホールはNPCと楽しく酒を交わせる者だけが入っていい場所なんやぞ!」
「おいおい、オレだってNPCとも仲良くしたいって思ってるんだぜ。だからそんなにピリピリすんなよ」
「嘘をいぃ!お前、ライプニッツと裏で繋がっとるって噂が出てるんやで!」
「おいルネ、権天級とか熾天級ってなんだよ」
俺は聞きなれない言葉が耳に入ったのでルネに耳打ちをする。
「権天級、熾天級ってのはこの世界のプレイヤー達の強さを示す序列だよ。下から大天級、権天級、能天級、力天級、主天級、座天級、智天級、熾天級っていう風に分かれているんだ。熾天級っていうのはこの世界にいる約五百万人の中で上位千人に入るプレイヤーに与えられる称号なんだよ。それであのゴットフリートは今でこそ力天級だけど、少し前に下から二番目の権天級でありながら一番上のランクにいる熾天級のプレイヤーを倒したっていう化け物みたいな奴でね。彼とは少し前に何度か一緒にミッションに挑んだことが——」
——ドーンッ‼
なんの音だと思い音の発生源へ目を向ける。するとそこにはさっき立ち塞がったおっちゃんが吹き飛ばされ、昏倒していた。
「やぁルネ、まただね」
ゴットフリートは今軽々とおっちゃんを吹き飛ばしたとは思えない程自然に、そして爽やかなままそこに立っていた。まるで何もなかったかのように。
「ゴットフリート、君とは本当によく会うね」
ゴットフリートに顔を向けたりはしないが、心底鬱陶しそうな顔でルネは雑に応じる。
「最近は会ってなかったけどね」
「さっき会っただろう」
なるほど、さっき会ったっていうことはもしやルネが絡まれてた人ってこの男か。
「それで最近ずっとどこ行ってたの?全然顔見ないから心配したよ」
「どこでもいいでしょ、そんなん」
「まそっか。ん?あれ?これが話に聞いた……」
ゴットフリートはルネばかりに気を取られていたのか俺の存在を忘れていたらしい。
ていうかこれってもの呼ばわりかよ。と突っ込もうとすると
「あぁ、彼は今僕が受けているミッションの依頼人のNPCだよ。この子らを傷つけられると困るんだけど。それでなんの用だい?クランの話ならさっきも断ったように入らないよ」
「いやいや、そうじゃなくってさ、今王国南東部にあるとある場所でドラゴンを養殖してるんだけどさ、もう少ししたら狩り時になるから一緒に参加しないかなぁと思ってさ」
ドラゴンの養殖⁉ドラゴンって養殖できるものなのか?もしかして俺の知ってるドラゴンと違うのか?プレイヤーの規格外に聞こえる話はいまいち脳で咀嚼できない。
「却下」
ルネはピシャリと彼の提案を退ける。
「そっか、そりゃ残念だ。じゃ、オレは帰るわ」
なんだ、以外とあっさりしたやつだったな。おっちゃんを吹っ飛ばした瞬間はヤバい奴と思っていたんだがなぁ。
「またな」
ん?今俺らに言ったのか?一瞬だけだが目が合ったような気がしたけど、気のせいかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます