第9話 その存在、危険につき

 ◇その存在、危険につき

 商品の売買と必要な買い物が予想以上に早く済み、時間が大分余っていた。

 一先ずやることを終えた俺達は宿泊予定の宿屋へ馬車を置きに向かっていた。

「今回全部終わるの早かったよね」

「そりゃどっかの誰かが大量に野菜食ってったからな。ま、あいつ爆食いするかもしれないからいつもより多めに買ったのは意外な出費だったけどな」

 ルネが大量に野菜を消費したことでいくつか他の店に回る予定売り物が無くなったおかげで時間が省け、想像以上に早く終わったのである。

「どうしよう。予定まであと四時間くらい残ってるよ?」

 この後なにをしたものかと考えているとお互い黙り込んでしまった。

 こうお互いが黙り込んでしまうとなにを言うにしても言い出しずらい絶妙にぎこちない空気。

「な、なあ」

「な、なに⁉」

 なんで声ひっくり返ってんだよと突っ込みたかったが、自分もそれに負けず劣らずのドモりかたをしたもので完全に特大ブーメランとなりそうだし、その点に触れることはやめておこう。

「テイラー、この前言ってたけど、どこか行きたいところとかあるんじゃないのか?」

「あー、その、さ、実は……その」

 なんだ。最近テイラーのこういうはっきりしない姿をよく見る気がする。

 っていうかなんだ、そのモジモジした態度は。まるで恋でもした少女じゃないか。

——ん?まるで?これ「まるで」なんていうものではなく恋している状態そのものなのでは。

「なんだよ。好きな男でもできたのか?」

「え、い、いやそんなんじゃないから!」

 え、うせやろ。冗談のつもりで言ったのに……正直こんな分かりやすい反応が返ってくるとは想定してなかったせいで心にドーンとくるものがあるんですけど。

 あー、そーなのかー。テイラーも好きな男とかいたんだね。ま、まあ普通だよね。この年になれば好きな子の一人や二人くらいできるもんでしょ。アハハハ……

 自分でもあまりに覇気の無い心の中で独白していると思ったが、どうも今は体裁だけでも気にしていないフリをするので精一杯であった。

「まぁとにかくそのプレゼントしたい人がいるんだけど何をあげたらいいのかとかそういうの分からないからさ、ちょっと一緒に選んでほしいんだよね」

 テイラーはコホンと一つ咳ばらいをして会話を進めた。

「誰にあげるか知らんけどさ、まぁそこらのミミズとかバッタでもあげとけばいいんじゃない」

「じゃあ今度あげるね」

 とお互い冗談を交わす。え、冗談ですよね?目がマジじゃないでしょうか?

 とはいえ、なんというか、微妙に気乗りのしない話だが、頼まれたからには断るわけにもいかない。

「んで、どこのお店に行くとかは決めてたりするのか?」

「実はどういうものをプレゼントすればいいかがそもそも分からなくって……」

 うーん、俺自身あまり普段からプレゼントとかしないし、してくれるような人もいないし、っていうかそもそも友達いないし——っと少し思考がずれそうだったので気持ちを戻す。

「まぁそれならできる限りいろんな店でも回ろうぜ」 


やがて俺達は到着した宿屋——『砂場屋』に馬車を停め、宿主に宿泊費を払いに行った。

 俺達が王都に行くときいつも泊まるこの『砂場屋』は商業地区の通りにありながら比較的こじんまりとした宿屋で、その印象とは違って中はしっかりとしており、その上に宿泊費がお手頃で密かに人気のある宿屋である。

「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー」

「はーい」

 おっとりしたどこか甘えたくなる口調で出てきたのはここの宿屋のオーナーである二コラさんである。彼女は俺達より一回り年上で眉目秀麗、清明強幹の才色兼備の凄腕のオーナーである。

「本日はお泊りですか?」

「はい、二部屋用意できますか」

「ごめんなさい、今日は残り一部屋しかないんです」

「そうですか、じゃあ一部屋でお願いします」

「はい、馬小屋はご利用なさいますか?」

「あ、お願いします」

「では銀貨五枚になります」

 俺は袋から金貨を取り出して彼女に渡し、彼女から部屋の鍵を受け取ると、俺の手に少しだけ彼女の指が当たる。その白く細い人形のようなすらりと伸びた指は本当に人形の指のように少し冷たく感じた。

 俺達が鍵を受け取った時、ガチャッと入口のドアが開いた。

「やあ、今日部屋一部屋借りるよ」

 年齢は二十歳ほどだろうか、細身ではあるが筋肉質で引き締まった肉体、そしてその体を覆うラピスラズリの如き蒼と白銀に輝く金属を交えた防具に腰に携えた太刀。

間違いなく相当の実力者だと分かるその男は二コラさんへ金貨を一枚放り投げて階段へと向かおうとした。

「申し訳ございません、本日はお部屋が全て埋まってしまい宿泊はできません。またのご利用をお待ちしております」

 二コラさんが男にそう伝えると男は彼女の前に立った。

「なぁ、舐めてんの?馬鹿にしてんの?」

 その瞬間男から常軌を逸したオーラが僅かに漏れ出した気がした。

「申し訳ございません。しかし本日は既に満室でして……」

 男は頭をがりがりと掻きながら大きくため息をつくと俺の方へと歩みを進める。

 ——あれ、なんだろう。こいつの雰囲気、どこかであったこと……

「なぁ、死ねよ」

そう言った途端男から殺気も何も感じさせず突如、ノーモーションで拳が飛んでくる。

 俺は無様にもうわっと声を上げて後ろへ尻もちをつくが男の手は俺が立っていた場所のすぐ手前で止まっていた。

「お客様、他のお客様のご迷惑となるような行為はお慎みください」

 男の手は二コラさんによって止められていた。

「へーお前、面白いね」

 男はニヤッと不敵な笑みを浮かべると俺の方へと手を指し伸ばす。

 俺はその手を掴むと男はグイッと肩が外れるんじゃないかと思うほどの勢いで俺を引き上げると、やはり力が強すぎたようで俺は彼の耳元まで引っ張られていた。

「す、すみませ……」

 本来俺が謝る義理は無いはずなのだが、その力の差に謝らずにはいられなかった。

「おい小僧、ちゃーんとこの姉ちゃんには感謝しとけよ」

 男はそれだけ言い残して宿屋をあとにした。

「お客様怪我はありませんでしょうか?」

「あ、はい、それは大丈夫です。先ほどはありがとうございます」

俺はまだ震える膝になんとか力を入れて堪える。

「いえいえお客様に快適なサービスを受けてもらうためですから」

 そう言った二コラさんは人形のように作られた笑顔ではなく本当の心からの温かみのある笑顔だった。この世界は誰かの手によって作られたものなのかもしれない。しかし、その世界の人間の感情が、この笑顔が本当に作られたものだと言うのだろうか。偽物だとでも言うのだろうか。

俺は嘘だとは言わせない。欺瞞だとは言わせない。

 この俺達の感情を守り、その存在の証明が俺達の戦いなのだと。

「アンディ、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。ありがとな」

 俺はそう答えて一先ず部屋へ荷物を置きに行くことにした。

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