第7話 世界の形の片鱗
◇世界の形の片鱗
その夜、俺たちは当初の予定通り野営地で野営をした。
「お前、なんで倒しちゃったんだよ」
「いやーめんごめんご。ちょーっと血気が逸っちゃった。でも最後の一人は生かしておくつもりだったのに自害しちゃうからさぁ」
ルネはテヘッとあざとく誤魔化しながら、舌を可愛らしくペロッと出して見せた。名づけるならば『テヘ&ペロ(てへぺろ)』と言ったものだろうか。
なんてことを考えていると、ルネはスープをズズズと飲み干していた。
そういえば、あの時、奴らが森から姿を見せた時、ふとどこかから「まったくこんな森の奥地にいるとか聞いてねぇよ」という声が聞こえた気がする。
もしそれが真実なら奴らは誰かの命でルネを狙っている可能性が極めて高い。
しかし、なぜ彼女を狙うのか、それが分からなければ犯人の絞りようも……
「こらこら、ごはん中だよ。今くらいそんな眉間に皺寄せないで楽しくご飯食べようよ」
テイラーに言われ、意識が現実の方へと引き戻された。
まぁ、俺の考えすぎかもな。流石に今日は疲れてこれ以上脳を回すことはしたくない。
いつでもいいことはそのうち気が向いたときにでも考えればいいのだ。
「いや、でも凄すぎだよ。あんな剣技あたし見たことないよ、こう向かってきた矢を剣で逸らすやつとかさ」
テイラーは全く似ていないルネの剣技を真似をする。
その時、手を大きくブンッと振った手が俺の持っていたスープの器に当たり中のスープが零れた。俺の服のへその辺りはスープで濡れていた。
「うわっ、あっち‼」
「あああ!ごめん!大丈夫?火傷してない?」
俺の器に手が当たったこと謝りながら心配して、布巾をもって俺の方へと駆け寄るのだが……その布巾で俺の服をトントンしていると、その、何というかこの角度はダメだろ……
俺の視界にはテイラーの谷間が見えてるんですけど……
俺はすぐに目を逸らすのだが、目が、目がぁ~!
人の目と胸には磁力があるらしい。そのせいで俺は今、目が離せないらしいのだ。これはよくない。人類進化の欠陥だ。仕方がないので俺は暫くこのままでもいいかなどと考えていたら、ルネの方から視線を感じたので顔を上げると、ジト目で見られていた。
「アンディくぅん、なんか鼻の下伸びてなーい?」
「は?え?あ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺の目線とその先にある開いた胸元を見て——バチィィィィィン‼
フルスイングビンタが俺の頬に直撃し思いっきり吹っ飛ばされる。
痛ってえぇぇ!確かに俺が悪いとは言えども、俺が悪いとは言えどもぉぉ!
ちくしょールネめ余計なこと言いやがって。
「っていうかテイラー。殴ったね。この前のルネとの出会いを含めて二度もぶった。親父にもぶたれたことないのに‼」
俺はヒリヒリする楓型に腫れた頬撫でながらテイラーに訴えた。
「セクハラするあんたが悪いから」
「テイラーさん、あのですね、もう少し力加減というものを知ってください……」
「セクハラ男に慈悲はない」
「ねぇ、なんでそのネタ、君ら知ってんの……」
ルネは少し呆れたように呟きを漏らすのだった。
その夜もまだ明けぬまだ薄暗い彼は誰時、俺は僅かに便意を催し目を覚ました。
「あれ、ルネ居なくね?」
辺りを見回すがそこにはどこにも彼女の姿は無かった。
その代わり、ルネが先ほどいたであろうところにはテレポートストーンが置かれていた。
「んぁ……ん……どしたの?アンディ」
どうやら俺が周囲をうろちょろとしていたせいで目を覚ましてしまったらしい。
ってか、五年間ずっと共に暮らしてきて何気に初めて見るテイラーの寝ぼけた顔は、その、滅茶苦茶可愛いのである。
やっぱこいつめっちゃ美人なんだよな。逆に普段近くに居過ぎているせいで、偶に忘れていたりする時あるけど。
「おーい、だいじょぶ?」
「ん、ああ大丈夫だ。ちょっとぼーっとしてただけ」
「で、どうしたのこんな朝早くに」
「いや、そのルネのやつ、またどっか行ったんだけどさ、どうしよう」
俺はテレポートストーンが置いてある場所を指して言った。
あいつ二度目なんだよなぁ。どうしよう、マジで置いてこうか。
「なぁテイラー、どうする?置いてく?」
「いや、置いてかないよ⁉昨日言ってたじゃん、事情があるって」
正直俺は置いていこうかなとも、ちょっと考えたのだがルネのやつから何もまだ聞いていないということもあり俺達は彼女を待つことにした。
と、言ってもそれからすぐ五分ほどしたところでルネは俺達の元へ戻ってきた。
「ふう、ただまーってうぉあ‼な、なに君達そんな鬼の形相で……」
「「してない」よ!」
「あー、これもしかして僕のせい?」
ルネはごめんよと一言謝って、移動の準備を始めようとしていた。
俺はルネにそろそろ有耶無耶にされていたプレイヤーについて訊き出すために口を開きかけると、横にいたテイラーが先に話を切り出した。
「あのさルネさん、あなた達プレーヤーについてそろそろ訊きたいんだけどいいかな」
「いいよっていうかルネって呼んでよ。仰々しいのは嫌いだし。その代わり、君らがこちら側を知るってことはもう目を背けることはできなくなるよ。それでも良いって覚悟はできてる?僕は知りたい、君達の過去に何があって、どうしてプレーヤーに立ち向かおうとしているのかを」
その真剣な目差しから俺は恐らくこの選択一つで運命を変えることになるのだろう。
俺はテイラーの目を見ると彼女も俺の目を見つめ返すと、その瞳にはこれから起こるであろうことへの覚悟が映っていた。
彼女は怖くはないのだろうか。いや、怖くないわけがない。俺達は今、世界の真実に対して一歩、それも大きな一歩を歩み出そうとしているのである。
これから起きるであろうことも何一つ分かりはしない。
それでもあの時の悲劇を知っていたうえでこれからも知らぬ存ぜぬで暮らすことはできない。
俺はあの時の事件をルネやテイラーには申し訳ないが、それでも今はこの眼のことだけは伏せつつあの時のことを語り始めた。
「五年前の悲劇を繰り返したくない。そのためにもあたしたちは知らなくちゃいけない」
「ああ、この運命の境界線を既に、五年前に俺達は越えている」
「二人の覚悟は十分伝わった。それじゃ僕も話そう。プレーヤーとはなにか、そして僕らは何を目指し、なぜ君らを殺したりしているのかを」
そうしてルネは世界の真実について話した。
一つ、プレーヤーというのはこの世界の外に存在する世界とこちらの世界に介在する存在であるということ。この世界では彼らプレーヤーの世界の五倍の速度で進んでおり、時々ルネが失踪するのはルネが彼女の住むあちらの世界で他のことをしているからだという。
二つ、彼らは殺しても死ぬことはなく、死んだときは王都、または彼らの自宅に復活する。その際彼らは代償として多くの経験値と呼ばれる生命力を失い弱体化するということ。その際彼らは初めてこの世界に来たほどのもの——俺達一般人に毛が生えた程度の実力になるとのことらしい。
三つ、彼らの目的は敵国と戦いその中でトップへと至ることであるということ。その為に彼らは彼ら同士でも争い合い、一部のプレーヤーはそのために手段を選ぶことなく俺達一般の人間の周りを蹂躙している。そして俺達を奴らが殺すと経験値というものが手に入るらしく、それを目的に殺すということもあるらしい。
「でも勿論NPCを一つの命として共存しようとしている人もいるんだよ。僕もその一人。僕はね、根本からこの世界の人間が誰かの命令によって行動しているとは考えていないんだよ。この世界に生きる人の感情、記憶、行動全てが決められた行動なのでは無い。僕は彼等、この世界の人々はそれらを抑制された状態に過ぎないとそう考えているんだ。だから僕は彼らのそういった感情とかそういうのを全部解放させたい!僕はそういう世界を望むんだ」
ルネの目は本気だ。こいつは本気でこの世界の在り方、世界の存在全てを根底から覆そうとしているんだ。
「なぁ、そういえばずっと聞いてなかったんだけどさ、どうしてお前はあんな山の中に入って来てたんだ?」
当初はただ道に迷っただけだ思っていた。だが今、冷静に考え直してみれば道に迷っているならば王都にテレポートするというのもありのはずなのに、敢えて空腹の限界になってまで俺達の馬車へと潜り込んだのか、それが分からないでいた。
「君達の時間で五年前、ここの奥にあって君達とであった場所に自我を持つNPCが出たって噂が出たんだよ」
「それって——」
テイラーがポツリと言葉を漏らしたが、まず間違いなくそれは五年前の事件だ。
「うん。多分君達だよね。でもこの話は本当にその時の一瞬一部で流行っただけでその後に見た人は居なかったから見間違いってことで処理されたんだよ。でもこの世界の時間で二か月前、敵国でNPCに攻撃されたって噂を聞いてね。その時思い出したんだよ。昔あの森でNPCに攻撃された噂があったってね。それから僕はずっとこの辺で本当にあのNPCは実在したんじゃないかって思って探し続けてたんだよ」
敵国に俺のような人間がいるかもしれないと、いやただの出まかせ、噂が一人歩きした可能性はあるか。
とはいえ直ぐに関係のあるってわけでも無いだろうから今は頭の片隅へと追いやっておこう。
「でも、本当に実在するって分かってたわけじゃないんだろ?」
「まぁ、そこは賭けだったね。もし居なかったら骨折り損のくたびれ儲けだったね」
本当にいるかどうかも分からない俺達をこの人は一か月間ずっと探し続けていた。
この人の熱意は間違いなく本物だ。そしてその誠意も俺達に見せてくれた。
するとルネは独り言のように、いや実際独り言だったのかもしれない。彼女はどこかを見つめながら眠る森を流れる川のような静かな声でポソリと言葉を残した。
「僕はね、君らと仲良くしたいんだ。どうしても。それはあの人の願いであり、僕の夢でもあるから」
意思は完全に決まった。
「ルネ、これから俺達はその世界に暮らす人々を救いたい。だが今の俺らにはその力はない。だから、君の力を貸してほしい!頼む。これから俺達に付いて来てくれ!」
俺は彼女に大きく頭を下げ、手を差し出した。
「今の俺には対価なんてものを出すことはできない。だけど、君の望む世界を一緒に作りたいんだ!」
「対価なんてそんな物、僕は期待してないし、要らないよ。もしどうしてもって言うのなら、君達に僕の望む世界を見せてくれ」
ルネは俺の手を取って、そういうと俺の方へと急に顔を近づけてきていた。
って、こいつ何考えてんだ‼隣にテイラー居るんだぞ‼え、マジで?ここですんの?いやいや、まって俺にもまだ心の準備がっていや、確かにこいつ間違いなく見た目だけは超絶美人だけれども——なんてことを考えていたのだが、俺の心配は取り越し苦労だった。
「なになに期待しちゃった?っていうかさっきテイラーちゃんの前だからって少しカッコつけちゃったよね?プフッ」
……死にたい。マジで死にたい。ルネのせいで冷静に今までの俺の発言がフラッシュバックしてくる。あー!よりによってこいつにバレたのがくっそ恥ずかしい!しかももしかして、その、キ、キスされるのでは、なんて考えていた自分を今すぐ消し去りたい!
「こら!そこいつまで近づいてるの!」
と、テイラーは指さして言うと、ルネはパッと俺から離れてルネに思いっきり抱き着いた。
「ごめんねぇ、一人にしちゃって!でも大丈夫だよ!あたしはアンディ君取らないよ。それに彼、「テイラーを一人にはしないぜ!」って言ってたから!」
は⁉待て!俺一言もそんなこと喋ってないぞ!
「え、アンディ、ホント?」
なぜか嬉しいような顔をしてる気がするのは気のせいだろうが、間違いなく恥ずかしそうに顔を熟れたリンゴのみたいに真っ赤にさせながら驚きを露わにしていた。
「んなわけあるか!」
とばかりにブンブンと全力で首を振ると俺はテイラーからローキックを貰うのであった。
理不尽だ‼と俺は痛みと悲しみに涙を浮かべ故郷に居る母を想った。
拝啓 母さん、お元気ですか。僕は勿論元気ではありません。最近、テイラーは益々強かになり、蹴られることが増えたなと感じるようになりました。おかげ様で最近は痛めた足を生まれたてのひよこのようにヒクヒクと歩くのがとてもうまくなりました。母さんも足を大切にしてください。 敬具
「と、とにかく。それじゃあたしからも改めてよろs、ぐえっ」
蛙のような美少女が出しちゃいけない系の声がどこかから聞こえたと思ったら、それはテイラーの声であった。どうやらルネに抱き着かれて、そのたわわに実ったブツで窒息しかけているらしく、「し、死ぬ……」と嗚咽するように辛うじて声を発していた。
ルネは背中をポンポンと叩かれたことでどうやらテイラーが死にかけていることに気付き、ルネは少し慌てたように手を放す。
「こ、この巨乳め……」
ルネと比較するまでもなく確かに小さいテイラーは憎たらしい物でも見るような目でルネの胸を見つめた。
「いやぁ、ごめんね。テイラーちゃんも女の子なら分かるかもだけどさぁ胸大きいと邪魔だよねぇ……あ」
「え、あー、そっすねぇ。邪魔でしょうねー。あたしは無いから知らないですけど」
ルネはテイラーの胸に気づかずうっかり口走った後にようやく気付く。
「え、えーと、そうそう、胸あってもいいことないよ!肩とか凝るしさ」
な、なんという誤魔化しの下手さ……
俺もテイラーも諦めるように溜息をつくとルネは「え、なに、なになにその溜息」と慌てている。
「それでアンディ、この仕事が終わった後どうするの?」
「そうだな、一応今のところはプレイヤーみたいにっていう立場で色んな村を回ってみようと思ってる」
行商としてなら色々知識は持っている。現に、既に王都と他にいくつかの村に伝手は持っている。しかし、行商として動くということはNPCとして活動することである。どう見てもそれで俺達の木俣動きをしない、意思を持つNPCという情報がバレる可能性がある。ならばプレイヤーに扮して行動する方が都合がよいだろう。
「確かにそのほうが自然だね」
「でもさ、その前に一回お母さん達に挨拶しに村に帰らないとでしょ?」
「そっか、じゃあ僕は王都で待ってるね」
「いや、何言ってんだ。これから一緒に過ごすんだからうちの親に報告せんとだろ?」
「……」
なぜかテイラーがジト目でこちらを見つめてるんですけどなんでですか。
「あのテイラーさん、なんかありました?」
「別に」
なんか怒ってないか?いつもより口数少ないし。いったい何に怒っているんだよ。
「はぁ。アンディ君、物事は考えて発言しようね?」
な、なぜルネまで呆れたような怒ったような顔をしてるんだ。
女って言うのは分からないものだ。
「あ、もう朝日が昇って来てる!随分と時間が経っちゃったね」
ルネに言われて後ろを振り向くと東雲の空には朝日の光が漏れ、新たに一日が始まろうとしていた。
そうして俺達は野営の為に使っていた道具を荷台に乗せ、それが終わると乗車した。
「それじゃ、俺達もこのまま王都にノンストップで行きますか!」
「「おー!」」
俺は野営場を離れ出発して馬が歩き出して2、3歩程歩き出した直後、すぐに馬を止めて、手を離した。
「どうしたの?」
俺の様子を心配するようにテイラーは心配そうに訊いてきた。
「また腹が……あぁ……」
さっきまで気にしていなかったのに、急に腹痛がぶり返してきたか。
「だ、大丈夫?」
「ちょっとだけ待っててくれ……いいな!うぅうぅぅ……」
「待って!」
おい俺ヤバいんだって!大きいのがもうすぐそこまで来てるんだって!
「お腹痛いなら薬いる?」
「いら——いる!くぅぅ!もれるぅぅ~」
俺はテイラーから薬を受け取り、戦場を駆ける傭兵の如くその場を後にする。
「……」
「……」
二人の無言な視線が痛い。ごめんなさい。色々ありすぎて忘れてたんです。なんか雰囲気作ってたのにぶち壊してごめんなさい。
俺達はなんとも言えない微妙な空気の中で王都ではなく森の奥の方へへと走りだした。
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