焦るな
「師匠ー」
魔法士試験を見学してから早くも数日の月日が経った。
街から離れた場所、サクが寝床として構えている草原に佇む家の前では、いつものようにサクによる魔法の授業が行われていた。
といっても、今の時間はアイラの復習のお時間である。
「ん? どうかしたか?」
「私、師匠のお仕事を手伝いたいです」
遠く離れた場所にある小石を手を捻ることによって引き寄せる。そんな魔法の練習をしていたアイラが不意に口にする。
草原に寝そべりながらその光景を見ていたサクは、アイラの言葉に疑問符を浮かべた。
「手伝うって何を手伝うんだよ? 言っとくが、お前が危なそうなことは絶対にさせないからな」
「師匠の過保護っぷりに、私は喜べばいいんですかね? 師匠離れしますからって反抗期を見せればいいですか?」
「ばっきゃろ、そういうことじゃねぇよ。まだ、アイラは三つぐらいしか魔法が使えないだろ? 模擬戦も実戦経験も技術も魔法の種類も不足も不足なお前が実践に行ったところで怪我をするからさせないって言ってるだけだ」
「めちゃくちゃ言われた気がします……」
サクは寝転びながら手首を捻る。
すると、アイラが引き寄せている小石がある場所よりも更に先────草原を超えた森の木に実っていた果実が物凄い勢いでサクの元まで迫ってきた。
サクはそれを難なく片手で受け止める。その姿を見て、アイラはガックリと肩を落とすのであった。
「まだまだ道は長そうです……」
「そうは言うが、アイラはまだ十五歳だろ? そんぐらいで魔法士になれる奴なんて極わずかだ」
「だけど、私は早く魔法士になって────」
「志しは持つべきだと思うし、それを否定する気もない。それはお前のちゃんとした強欲だろうからさ」
だけど、と。サクは起き上がり、アイラの瞳を覗き込んだ。
「焦っても上達するものもしないよ。正直に言うが、アイラには才能があるわけでもない」
「そう、ですよね……」
真っ直ぐに言われた言葉に、アイラはあからさまに落ち込んでしまう。
しかし、サクはすぐさま訂正の言葉を入れた。
「勘違いしてもらっては困るが、俺にだって才能はない。ただ魔法士になりたいっていう気持ちがアイラよりも早くて、長い時間自分で訓練してただけだ。カーミラや、この前会ったアーシャだって、俺と同じ道を歩んできた」
才能ある人間であれば、もしかしたらアイラの歩いている時間よりも早く魔法士になれるのかもしれない。
だけど、それはごく一部の人間であり、大体は同じ土俵からスタートするのだ。
焦り、長い間訓練していればいずれ体を壊す。壊してしまえば、後に後遺症になるかもしれない。
それに、ゆっくり時間をかけて訓練することによって、体が自然と成長過程に慣れていき、着実と成長に体が追いつくようになる。
どちらが今後の道で有利になるのか────それは言わずとも後者だろう。
「強欲をテーマとするのであれば、『確実に望むもの』を一つに絞れ。多くの望むのも強欲だが、力のない者が欲するのであれば、まずは一つを手に入れろ」
「……はい、そうします」
アイラは少しだけ唇を噛み締めると、トテトテとサクの元に近づき、サクの胸元へとゆっくり飛び込んだ。
一時の落ち込みを紛らわそうとしているのだろう。
「大丈夫、お前は着実に魔法が使え始めてる。成長してるってのは、自分もよく分かってるだろ?」
「分かってます……師匠の教えのおかげで」
「おうおう、もっと褒めなさい。っていうのは置いておいて────成長してるって分かってんなら、今はそれで十分だ。アイラは、絶対に魔法士になれるから」
別に、サクの口から出た言葉は慰めから出たものではない。
ひたむきに訓練している姿と、着実な成長が窺えるからこそ、確信を持って出た言葉である。
それでも不安に感じている弟子の存在に苦笑いしつつも、サクは優しくその頭を撫でた。
「……じゃあ、私はまだまだ師匠の授業を受ける感じですかね」
「そうだなー、アイラはまだまだ力不足だかた普通の依頼で同行させることはできないが……ちょっとしたことなら、手伝えると思う」
「ほんとですかっ!?」
一瞬して元気になったアイラがサクの言葉に顔を上げ、キラキラした眼差しを向ける。
その可愛らしい姿に一瞬だけドキッとしてしまったサクだが、どうにか師匠らしくあろうと平静を装う。
「え、えーっと、とりあえず何かいい依頼はないかなーっと」
サクは抱きつかれたまま懐から小さな紙の束を取り出して捲る。
その紙は、魔法士協会が発行した『依頼書』の一部である。
依頼を受けるには、協会が支部に張り出した依頼書を入手し、受付に提出しなければならない。
もちろん、この前の魔法士試験の試験監督を請け負ったように指名されることもあるのだが、基本的には自分が選ぶことの方が多いのだ。
移動手段こそあるものの、気軽に協会に赴くことができない距離にいるサクは、こうしてまとめて依頼書を受け取り、何件かピックアップをして依頼を受けるというスタンスをとっている。
もちろん、吟味している間に依頼が終わることもあるのだが、だからこそ何件もピックアップしてから行くのだ。
「石狼の討伐は無理、ローゼンの建国祭ゲストは遠すぎるから無理……となると────これがいいかね」
サクは悩んだ末、一枚の依頼書を選んで束から取り出した。
「何を選んだんですか、師匠?」
「アイラがいても多分問題ないだろうって感じの依頼。これなら危険……はあるかもしれんが、この中では依頼的にも危険度的にも大丈夫な方だと思う」
「だから、何を選んだんですか!」
「要は、受けてみてからのお楽しみってやつだよ、我が弟子。サプライズという師匠のいたずら心にドキドキするんだ」
「……不安しかない」
不気味とも言える笑みを浮かべるサクに、頬を引き攣らせるアイラ。
自分のことを考えてくれたのは嬉しいが、余計なものがくっついてしまった現状に、素直に喜べなくなってしまった。
「さて、あと小石三十個を
「分かりましたよぉ……」
不安をいり混ぜながら、アイラは立ち上がって離れた場所にある小石を
なんだかんだちゃんと言うことを聞いて文句を言わないのは、アイラがいい子で真面目な女の子だからだろう。
(……まぁ、本当にいい経験にはなると思うからな)
サクはアイラから視線を移し、選んだ依頼書を見る。
報奨金、依頼内容、日時、場所が書かれてある依頼書の頭には、こう書かれてあった────
『第二王女の視察にあたっての護衛任務』
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