終了後のお勉強

「俺達が落としたのは、二人の魔法が拙かったからだ」


「拙い……ですか?」


「そう。まずはライアンという男の話をする。あいつが使ってたのはおそらく筋力増加系の魔法だろう」


 剣を振り下ろした瞬間に割れた地面。あれは常人の力ではあそこまでの威力は出せない。

 ということは、必然的に筋力を増加させたからこそできた芸当なのだと推測できる。


「確かに、近接戦ではあの系統の魔法は役に立つだろう。俺が知っている限り、こういう奴は味方にいるとかなり頼もしい」


「だったら、別によかったんじゃないですか?」


「いえいえ、お弟子さん。のです。魔法士を名乗るのであれば、あれ以上に筋力を増加しないと並び立てませんので」


「その通り。あれぐらいであればただの『魔法士もどき』だ。魔法士並の力を見せろ────とまでは言わんが、もう少し威力はほしかった」


 アイラは訓練場を一瞥する。

 そこには、さきほど作られたクレーターがあり、「あれでもダメなの?」と頬を引き攣らせた。


「それに、腕力だけの増加魔法なんて実践じゃ使えない。どうせなら全体の筋力を増加させるべきだ。何せ、相手が回避して反撃に出られれば他の部分はガラ空き。攻撃職や守備職の位置に就こうとしても、腕力だけじゃ他の部分は守りきれず反撃を食らうことになるからな」


 筋力の増加という魔法は確かに威力は凄い。

 だが、攻撃一点の魔法は守備が疎かになり、攻撃をすることができなければ相手の反撃をカバーできなくなってしまう。

 筋力を増加するのであれば、他の部分にも魔法を回し、攻撃を防ぐ手段を持ち合わせなければならない。


 サクが攻撃に転じたように、相手は攻撃を許したままなど実践にはないのだから。


「でも、もしかしたらそういう魔法があったのかもしれませんよ?」


「それならなおさらダメですね。魔法はお弟子さんも分かる通り、行使するにあたってイメージを切り替える隙を作ってしまいます。何度も魔法を使わなければならないということはそれだけ隙を与えるということ────遠距離から攻撃するならともかく、近接戦ではそれは命取りなのです」


「な、なるほど……」


 アイラは得心いったような顔をしてメモに記載していく。


「それ以前に、あんな性格の男は魔法士には向いてないよ。いずれ味方を殺す」


「魔法士は個人の依頼以外にも集団での依頼がありますからね。自己中心的な人間は、魔法士には必要ありません」


「けど、師匠も割かし自己中ですよ?」


「おいコラ、師匠に向かってなんてことを言うんだ」


 失礼なと、サクはアイラの頭を軽く叩く。

 アイラが少し痛そうに頭を押さえていると、アーシャはアイラの顔を覗き込んで優しく笑った。


「確かに、サク様は自堕落な生活を望み、欲に塗れているお方です。周りの魔法士からは、変な目で見られているのも事実────ですが、サク様は? それが、魔法士になれた所以です」


「それなら理解できましたっ!」


「待て、俺はそんな理由で納得されるのか!?」


 どこかむず痒さを感じるサク。

 俺はそんなに優しいやつじゃないと抗議しようと考えたが、話が逸れてしまう恐れがあったため、大きく咳払いをして話を戻した。


「ごほんっ! 次にロイスとかいう男だが……正直、俺的にはもったいないの一言だ」


「そうですね……あの類いの魔法は少しばかりもったいなかったですね」


「もったいない?」


 アイラの頭に再び疑問が生まれる。


「多分、ロイスの魔法は『一定範囲内の魔法の禁止』のものだと思う。これに関していえば普通に面白い。魔法士の仕事には『対魔法士』という道を外れた魔法士討伐の仕事もある。そういう仕事であれば、間違いなくロイスは有利に立てる人間になるだろう」


「魔法士協会にはそういう『対魔法士』に特化した人はいませんからね。ロイス様の魔法は目を惹くものがあります」


「だったら、どうして……」


「さて、問題だ。どうして俺達はここまで褒めて『もったいない』と評したのか?」


「こ、ここでいきなり問題ですか!?」


 慌てふためくアイラ。

 えーっと、などと口にしながら、可愛らしく頭を抱えて必死に頭を回した。

 そして、しばらくの沈黙の後、アイラはおずおずと口にする。


「せ、戦闘スタイルが合っていないからですか、ね?」


「まぁ、間違ってはないな。答えとしては五十点だ」


「あぅ……」


 及第点を与えられたことによって、アイラは少しだけ落ち込む。

 そんなアイラを見て、無性に頭を撫でたくなる欲求に駆られるサクだったが、グッと堪えて話を続けた。


「魔法士は魔法を使うだけが魔法士じゃない。最低限接近戦に対する武術や剣術を身に付けている奴や、そういった接近戦ありきの魔法を使うやつもいる。例えば、ライアンみたいなやつがいい例だろう」


 実践において、遠距離戦だけが行われるわけがない。

 相手が魔法を使う人間であっても、腰に剣を携えていれば魔法が使えなくなれば剣を使用してしまうし、ある程度の護身術も身につけている人間が最後の手段として使う人間もいる。

 せっかく魔法という武器を失わせたのに、自分が接近戦を苦手としていれば土俵を作った意味がなく、そういった人間に負けてしまうだろう。


 魔法士とはいえ、世の中には接近戦を得意とする魔法士もいるわけで、最低限の武術や剣術は心得ておかないと身を守れない。


「お弟子さんの言葉も間違っていませんよ。そういった相手がいる中で自分が接近戦に不慣れであれば、魔法を禁じても誰も守れませんし撃退もできません。そのような人間は、味方にとって足でまといにしかなりませんからね」


「……要は、接近戦を強くしていればあの人は合格したということですか?」


「それもある。もしくは『接近戦にしないような効果範囲まで魔法を向上させる』とかでも大丈夫だったわけだ。それこそ、魔法士が投擲系の武器は滅多に持ち歩かないから弓とか使えたら最高だったかもしれん」


「まぁ、彼は『平和』をテーマにしているぐらいですし、あまり武術のような類いは好きではないのでしょう。平和とは争いのない象徴────きっと、彼は争いが嫌いだからこそ『魔法を使用させない』という魔法を編み出したに違いありません」


「それなら『効果範囲内の殺傷の類いの禁止』とかにしていれば万事解決、俺達も大袖を振るって向かい入れただろうさ────要は、ロイスは全てがだったってわけだ」


 サクはひとしきり言い終わると、メモ帳に筆を走らせるアイラに向かって言い放つ。


「魔法士になる基準は『人となり』、『魔法の技術』、『戦闘スタイル』を総合的に見る。魔法が強ければいいというわけじゃなくて、俺達は『魔法を使えてどう役に立てるか』を重視している。それさえ揃っていれば、どんな志しや目的やテーマを持っていようが、魔法士にはなれるんだ」


「うぅ……やっぱり、改めて魔法士になるのが難しいということを痛感しました」


 アイラも学ぶことが終わると、改めて魔法士になるという難しさを実感して肩を落とす。

 アイラはまだまだ魔法を上手く使えるわけでも、使う魔法が多いわけでもない。


 多分、今日相手にした二人よりも未熟という面では勝ってしまっているだろう。

 だけど────


「まぁ、安心しろ────お前が魔法士になれるように、俺がちゃんと教えてやるからさ」


 そう言って、サクは安心させるようにアイラの頭を撫でた。

 頭に伝わる暖かい感触と、アーシャの優しい目がアイラに安心感を与えたのであった。

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