第46話今回はペパーミント

 なんか、落ち着かないな。


 心がざわざわするって言うか、とにかく落ち着かない。


 今日は木曜日。夜にはカイリ、イチ、ジュニアの3人が内偵に入る予定。

 学校の授業は午後の2時間を残すのみ。


 考え事や、もやもやが止まらない時はあたしはよく特別教室の並ぶこの階をうろうろする。


 最近立て続けに起こる襲撃。

 森稜署しんりょうしょ拘留こうりゅうされているスーツ男と、チンピラ頭悪男あたまわるおも、あたしとイチを狙っていた理由は話したものの逮捕までの足取りや滞在先までは口を割っていないらしい。


 まぁ、パンイチ事件だけが報復の理由じゃないけどね。

 頭悪男がイチとジュニアを襲撃した時には、「オヤジの仇」みたいなことを言っていたらしいし、組の解体になった原因にあたしたちが絡んでいるだろうってことも容易に察しがついたはず。


 あたしは廊下の突き当たりにまで進めた足を止め、回れ右をした。


 ずっと奥まで続く人気のない廊下。


 日曜日にジュニアと手合わせしてから4日、ロボットみたいな動きしか出来なかった筋肉痛もだいぶ落ち着いてきた。


 ぐっと伸びをすると、身体の芯が伸びるような心地よい刺激に気持ちがスッとする。


 すぐ左側には奥階段、遠くに見える中央階段にも人気はない。


「んっ!」

 やっぱりもやもやしている時は身体を動かすに限る!


 上履きが廊下の床を蹴る。

 勢いよく走り込んだ足が床から飛び上がり、両手が床を叩く。


 大きくバク転を繰り返し、着地した廊下の床を、上履きがキュッと音を鳴らした。

 沈み込んだ体勢から、床を滑るような足払い。

 伸び上がりながらの後ろ回し蹴りと続き、進行方向への肘打ち。


「ふっ」

 短く息を吐き、正面に向かい正拳突き、上段蹴り。


 よし!


 中央階段側へ戻ってきた。


 ヒュッ。

 空気を切って真上へと上がったあたしの足が、つま先を立て直角に曲がったかかとを振り下ろす。


 視界から、ふわりと空気をたくわえ、目の前いっぱいに広がっていたチェック模様の制服のプリーツスカートが、ゆっくりと落ち着いていく。


 開けた視界に入るのは、中央階段から顔を出すイチとジュニア。


 あ。


「のわわわわっ!

 なんで覗き込んでるのっ」

 スカートの裾をぎゅーっと引っ張って赤面した顔で2人を睨みつける。


「だって、下の階の廊下を歩いてたら床を蹴る音とか、上履きがブレーキをかけるキュッキュッした音がするんだもん」


 両手を丸くして双眼鏡を作り、覗き込むジュニアが視線を徐々に上げてくる。


「最近どこにいても襲撃の危険があるし、学校に潜入されない理由がない。

 だから何かあったのかと思って登って来たらパンツがお出迎えしてくれた」


 お出迎えしたつもりはないです。


「むぅぅ。

 そりゃあ、スカートで動いてたあたしも不用心だったし、不要な心配かけちゃってすみませんんっ」


 いいっ。とジュニアに牙を剥いて、ちらりと視線を移すとイチはムスッとそっぽを向いていて、それはそれでなんかムカッ。


「あ。ちょうど予鈴よれいも鳴ったし、戻ろ」

 学校中に響く鐘の音に、ジュニアがくるりときびすを返し階段を下りていく。


「えっと、かかと落とし2回目。

 今回はペパーミントで、前回はピンク」

「っ!

 復唱しないのぉ!」


 ジュニアを追って階段を駆け下りるあたしの後を、ため息をついたイチがゆっくりと降りてきた。

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