第44話みんなと一緒にいなかったら

「ないね。

 物心ついた時にはもう、施設あそこにいたし」


 巽の質問に、たいした興味もなさそうに即答する。

 ジュニアの、と言うよりもカイリ、イチ、カエ、リカコ。

 5人それぞれの産みの親は、事件や事故に巻き込まれて殉職した警察官だったと聞かされている。


(どっちかっていうと、僕あたりは犯罪者の方の孤児なんじゃないかと思うことがあるけどね。

 ここに、みんなと一緒にいなかったら絶対サイバー系の犯罪やテロに走ってたと思うし)


「俺もあまり深く調べられたわけじゃないが、お前たちは大体2歳前には集められていたみたいだ。

 太一を除いて」


「へ?

 そうなの?」

 初めて聞く話に、ジュニアの目が丸くなる。

 当然イチも同時期には施設にいたものだと思っていた。


「幼い頃の記憶なんて、よっぽど衝撃的でなければ残らない。

 成長すればしただけ、古い記憶は埋もれていくもんだ」

 巽は目を伏せ何かを飲み込むように一旦言葉を切る。


「太一は母親が生きていてな、1つ上の姉と共に生活していたんだが。

 まあ、報復だな。父親が殉職することになった事件の関係者に、目の前で母親と姉を撃ち殺されている。

 当時4歳になったばかりだった」

 真っ直ぐに巽を見つめたままのジュニアの視線を避けるように、巽はよく晴れた窓の外に視線を向けた。


「香絵を引き取って、お前たちもうちに出入りするようになってしばらくしてからだ。小学校の高学年くらいか。

 太一から、『この記憶が本当にあったことなのかを調べて欲しい』と頼まれてな。

 場所や、犯人の断片的な記憶を頼りに調べた結果判明した」


「犯人は?」

 静かに疑問を口にする。


「指定暴力団の構成員だった。

 その場で拘束されて、今は拘置所こうちしょで刑の執行を待つ身だ」

 深く息を吐く巽が両膝を叩き、視線をジュニアに向ける。


「以上だ。

 俺が話してしまったことだ、黙っていろとは言えない。

 ただ、太一にとってこの上なく辛い記憶であることには違いない。

 そのことだけは充分肝に命じておいてくれ」

「僕だって、言っていいことと悪いことの区別くらいつくよ。

 ……たぶん」


 勝手に調べさせるよりは、自分の口から、その知る全てを伝えた方が抑止よくしになるかと思ったが、果たしてどれが正解だったのかはわからない。

 いづれにせよただしばらくは、自己嫌悪に悩まされることになりそうだ。


「家族の記憶がないって言うのは、悲しいことなんだろうな。

 僕はその辺の感情が欠落してるからあんまりわからないけど、イチが辛い思いをしたのはわかるよ。

 イチは、訓練も泣き言言わずにこなしてたし、強くなりたいって気持ちが人一倍強かったんだろうね」


 それが復讐の為か、大事なものを二度と失わないようにする為かはわからないけど。


施設あそこは、どう〈おじいさま〉と繋がっていたんだろう」

 当時を思い出すようにつぶやき、集中したジュニアの瞳が心の深いところへ潜っていく。


(僕たちはいわば残留組だ。

 僕たちの他に、まだ3人いたんだ。

 適性や、運動能力なんかに問題があったんだろうな。うち2人は引き取られてから訓練に参加しなくなった。

 最後の1人は完全に行方不明。

 ミラ……生きてるのかすらわからないや)



 ###


 活気溢れる道場では、素振りをする子供たちの声が響き渡っている。


「あら、おかえりなさい」

 こっそり戻ってきて知らん顔で隣に座り込んだジュニアに、リカコがイジワルく微笑む。

「どこに行ってたの?

 カエちゃん怒ってたわよ」


「昨日確保した銀龍会のチンピラのこと聞いて来た。

あとは内緒」

 にこぉっと、いつもの悪びれしない笑い顔をリカコに向ける。


 子供たちの間を指導に周りながら、すれ違ったカエの元気で楽しそうな顔に、イチが笑う。


 イチも、そうなのかも。

 みんなと一緒にここにいなかったら、今頃何してたか分からないのは僕だけじゃないのかも。

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