第42話時代が俺に追いついて来た

「そこまで」


 カイリの声に、あたしの拳を掴んでいたジュニアがパッと手を開く。


 デコ痛い。

 両手でおデコをさするあたしに、ジュニアがにこっと笑った。


「ちゃんと予備動作を見て動けてる。

 動体視力も悪くない。


 でも、カエは目先の動きにとらわれがちなんだ。

 次に相手がどう出るか。

 一手先を感じなくちゃ」


「んー。

 一手先かぁ」

 脳しんとう狙ったのに、バレてたもんなぁ。

「カエの場合は、最終的に急所狙いで来るとは思っていたけどね」


 むむむ。

「でも……それってさ、あたしと何度か手合わせしているからこそ分かるクセじゃないの?」

「うん。

 イチは攻撃を避ける時、左に跳びやすいとか、カイリの一撃目は必ず上段蹴りだとかね」


「そうなの?」

 リカコさんが左右を見る。

「考えたことなかった」

 イチがあぐらをかいた足を引き寄せる。

「ミートゥー」


 まぁ、分かってないからこそのクセなんだろうけどね。


「何回か交戦すると、見えてくるよ。

 クセの強い相手ほど、回避しやすい。

 今の反省を踏まえてもう一回戦行ってみる?

 代謝が上がってるからさっきよりは良い動きが出来ると思うよ」


「うん。

 お願いします」



 結局、3戦。

 結果1勝も出来ないままの終了になっちゃった。


 しかし。


「身体がキッツい」

 文字通り道場の畳にひっくり返る。

 汗ダクだし、足もパンパンに張ってすでに筋肉痛。


「いやぁ。よく動いた」

 カイリの声とまばらな拍手。


 首を回すと、その隣に拍手をしながらちょこんと座る2人の女の子。

「ちっち、りったん。

 いつからそこに居たの?」


 上半身を起こして、剣道教室の小学生ににこっと微笑むけど、あまりの疲労にちゃんと笑えていたかは不明。


「香絵ちゃん先生カッコよかったよ」

 ショートカットで快活に笑うちっちがちょっと内気なお下げ髪のりったんと共に近づいて来る。


「ありがとう。

 負けちゃったけどね」


「ねえねえ、この中に香絵ちゃん先生の彼氏っているの?」

 唐突にこっそりとちっちが耳打ちしてくる。

 ええええ?


「どしたの、急に」

 ちょっとあせあせしちゃったけど、ちっちの目的はあたしの思うところとは違うみたい。


「あの背の高い人。イケメンだね。

 背の高い人好き」


 いけめんんんんんん?

 そう言えば随分ぴったりとカイリの隣に座ってたけど。

 背が高ければとりあえずいいってこと?


「りぃは香絵ちゃん先生と試合してた人。

 にこにこしてて、優しそう」

 りったん。にこにこしてるからって、優しいとは限らないんだよ……。


 あれ。

「えと。あそこの髪の短いお兄さんは?」

 イチの方は向かないように、コソッと二人に聞いてみる。


「えー。なんか、顔が怒ってそうで怖い」

 りったんもうんうんと頷く。

 んー。基本無愛想だからねー。

「たまぁに優しい顔するんだよ」


「なんのフォローをしてるのよ」

 くすくすと笑いながら、リカコさんがタオルを差し出してくれた。


 だって、ねぇ。


 急にすくっと立ち上がったカイリが髪をかきあげる。

「ふっ。

 時代が俺に追いついてきたか……」

 あ。聞こえてたのね。

 深雪といい、ちっちといい。

 カイリがモテ期なのかなぁ?


 にこっと笑ったリカコさんがカイリを指差した。

「誰か、海に沈めてきて」

「あいあーい」


 ジュニアがスパンと足払いをかけ、倒れて来た後頭部をイチがキャッチする。

「おぅのおおおぉぉう。

 ごめんなさぁい」


 足をジュニアにかかえられ、普通に運び出されそうになって泣くカイリにちっちがポツリと呟いた。


「なんか、ウザ」

 低学年にも言われるようじゃモテ期は一生こないかもね。

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