第40話行っちゃえ行っちゃえ ✴︎

「写真がなくなってたの?」

「うん。リビングに飾ってあったやつが1枚見当たらないんだ。

 カイリとリカコさんの入学式の日にみんなで撮った去年の写真」


 森稜署の道場でジュニアとストレッチをしながら、昨日の間宮家の片付けをしていて気が付いたことを報告。

 何だかんだで、結局あたしとジュニアだけじゃなく5人全員が顔を揃えている。


「ああ。そういえば、写真立てを投げつけられたな」

 道場の壁際であぐらをかいたイチが思い出したようにあたしを見上げる。


「じゃあ、やっぱり持ち逃げされたって考えるべきかな」

 なんか気持ち悪いな。

「これで全員の顔が割れたと思った方がいいわね。

 キバとアギトを直接見ているのはカエちゃんとイチだけかしら。

 せりかさんはキバのみ」

 落ち着いたエンジ色のタイトなロングスカートの膝を折って、イチの左隣に座るリカコさんが長い髪を耳にかけた。


「散々荒らしまくってくれたな」

 伏せた瞳で、静かにカイリがつぶやく。

「顔が怖いよ」

 ジュニアが深いオリーブグリーンのトレーニングウェアの上着を脱ぐと、そっと床に置いた。




 道場のほぼ真ん中、あたしも半袖のTシャツに濃いグレーのウェア(ジュニアから散々色気がないとブーイング)でジュニアと向かい合う。

 学校指定のジャージにしてやればよかった。


 審判に立つカイリの合図に挨拶を交わし、お互いが構えるのを確認した後手を振り上げた。

「始め!」


 にらみ合ったままのあたしたちを置いて、カイリは壁際に陣取るイチのところまで戻ると、リカコさんを挟んでその右隣に腰を下ろす。


「動かないわね」

 極力小さな声でリカコさんがつぶやいた。

「試合じゃないからな。

 ジュニアからは仕掛けないだろうな、そもそも乗り気じゃなかったし」

 視線は道場の中心を見つめたまま、カイリがさらに続ける。

「カエはカエでジュニアの方が速いのはわかってる。

 当然先行はしづらいが、ここは行かないと話にならないだろうな」


 そうなのよ。

 わかってはいるんだけど。


 ジュニアもあたしの動きを警戒しているのがわかる。

 常套じょうとう手段で上段蹴りから。

 いや、フェイントで一度あおって……。


 んー。


 昨日からいろいろ考えてはいたんだけど、どの返しも先が見えるっていうか。


 んー……。


 いいや、行っちゃえ行っちゃえ。


「あの顔は。考えんのが面倒になったな」

 イチのつぶやきにカイリがため息をついて、リカコさんがクスリと笑みを漏らす。


 だってこのままじゃラチが明かないしっ。

 一気に間合いを詰めてジュニアの正面から顔面狙いの上段蹴り。


 身体を反らせて頬スレスレを回避したジュニアの足が、あたしの脇腹を狙う。

 ひじを立て、上腕でカバーに入ったところで一旦双方 が距離を取った。


「うわぁ、今のが一撃も決まらないなんて」

 手合わせとは言え、リカコさんが直接的にバトルを見ることなんてなかなかないもんね。


 間髪入れずにとって返すと、低い姿勢からジュニアに足払い。

 小さく飛んでかわしたジュニアが着地と同時に軸足をグッと沈み込ませた。


 蹴りが来るっ。


 道場の畳に寝そべるのように倒れ込むあたしの真上を、ジュニアの低い回し蹴りが通り過ぎて行く。


 床に両手をついて、顔面を狙い伸び上がるように蹴り上げた両足は、そのままバク転を繰り返してジュニアとの距離をとった。


「やっぱり速いな」

 息の上がるあたしに比べて、ジュニアはまだまだ余力がありそう。

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