第17話こりゃあ恋する乙女ちゃんですな
あたしにしては頑張って早起きして、深雪の家にお迎えに出る。
ここ数日のバタバタでの、心の負担は少しでも減らしてあげたいし。
「深雪ぃ」
ちょうど玄関から出て来た深雪に手を振ると、昨日話をしたお母さんが顔を覗かせて会釈してくれた。
「どうしたの。香絵が寝坊しないだなんて」
びっくり眼の深雪が「これは本物の香絵だろうか?」と疑いの眼差しを向けて来る。
「さらりと毒吐いたわね」
ジト目のあたしに深雪が小さく笑う。
「ごめん。ありがとう香絵」
「どういたしまして」
並んで歩く通学路も、この時間はそれなりの通行人に会う。
「あっと、忘れないうちに言っとくね。
しばらく帰りは鳥羽くん達が送ってくれるって」
「あたしも?」
遠慮がちな深雪に、にっこりと頷く。
キバとアギトの事も気になるけど、深雪のPTSDも気になるし。
「部活の日も終わるまで待ってるよ」
「うん。
あの、あのさ香絵。
昨日、あんまりよく覚えてないんだけど、
何発か叩かれてたような気がするんだけど」
聞きにくそうにチラチラと視線を泳がせる。
あんなの、なんて事ないだろうけど。
「大丈夫だったみたいだよ。
気にしない気にしない」
だってカイリだし。
「カエちゃんっ!」
ここを曲がれば正門が見える、最後の曲がり角。
生徒会の腕章を付けたリカコさんに呼び止められる。
「あれ。長谷川先輩、こんなところまでどうしたの?」
正門まではそこそこの距離もある場所。
普段の遅刻者チェックの立つ位置じゃない。
「捕まえられて良かった。
LINE送ったのに、既読にならないんだもの。張ってたの」
あらら。
「ごめんなさい。
何かあったの?」
リカコさんの視線があたしと深雪を見る。
「表は立て込んでるの。
西門に烏丸くんがいるから、今日はそっちから入ってちょうだい。
橋本さんもね」
カイリが手伝ってるって事は仕事関係?
じゃあ、イチとジュニアも……。
チラリとリカコさんを見ると
「LINEを見ていないのはカエちゃんだけよ。
一応通るまでは確認するわ」
リカコさんは何でも分かっちゃうのね。
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西門は運動部なんかが校庭から外周に出るのに使う小さな門でいつもは閉まっている。
「おはようっ」
大きく手を振るカイリに軽く手をあげる。
「おはようございます」
一応先輩。敬語は使わないとね。
チラリと目を合わせる。
事情は昼休みまでお預けかな。
「あ、あのっ。
昨日はありがとうございました」
「ああ。どういたしまして。
怪我もなくて良かったよ」
背のデカいカイリを見上げて深雪が声をかけると、カイリもにこやかに返事を返す。
「烏丸先輩って強いんですね。
あたしびっくりしちゃいました。
格闘技とか、されてるんですか?」
矢継ぎ早に質問する深雪の瞳がキラキラとカイリを見上げている。
……ん。深雪ちゃん?
「ありぁー。
こりゃあ恋する乙女ちゃんですな」
真横から聞こえるジュニアの声に振り向くと、イチの自転車の荷台に正面を向いて立て膝ついて座ってる。
「おはよう」
イチの声に、右手の包帯に視線が走る。
「おはようっ。
ね、ジュニアもそう思った?
でも、カイリだよっ!
カ・イ・リっ!」
いや、ごめん。なんか、だいぃぃぶ失礼な事言ってる?
「私達身内とか近しい友達はね、ちょっと言動が世間様とズレてるとか、脳ミソまで筋肉とかわかってるけど。
カイリって客観的に見ると背は高いし、身体も鍛えてるから引き締まってるし、顔立ちだって柔らかいし。
私服イタイけど、制服なら髪とかオシャレに気を使ってる
さらにリカコさんの追い討ちがかかる。
「褒めてる? けなしてる?」
「けなしてる」
あたしの質問に、リカコさん即答。
「まぁ、吊り橋効果ってヤツね」
「はぁい。僕知ってるぅ」
ジュニアが元気に手をあげる。
「吊り橋を渡る恐怖のドキドキと、恋のドキドキを脳が取り違えちゃうってヤツでしょ。
深雪ちゃん、最近恐怖のドキドキには事欠かないみたいだし」
ええええっ! 深雪ちゃぁぁん!
思わず目を見開いちゃう!
「本人がいいならいいんじゃねぇの?」
「もうっ。イチとジュニアは完全楽しんでるっ」
「えー。カエはカイリと深雪ちゃんはイチャラブしちゃダメって言うの?
人の恋路は邪魔しちゃダメだよ」
ジュニアの楽しそうな追い討ちに、リカコさんが口を挟む。
「とりあえず教室に向かいなさい。
遅刻するわ」
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