第16話頬が朱く染まって見えるのは ✴︎

「あぐっ!」

 多少は蹴りの勢いを殺したとはいえ、背中の痛みに息がつまった。


 追ってきたキバが首に向かい手を伸ばして来るっ!

 本能で両腕が頸動脈と喉をカバーした。


「残念。こっち」

 そんなあたしに、引っかかった。とばかりの笑みを向け、あたしの顎から頬にかけてを抑えると、頭をガードレールに押し付ける。

 はぁっ⁉︎



(もたもたしてる場合じゃないかっ)

 Tシャツの上に羽織っていた生成りのシャツを脱ぐと、一度だけアギトのナイフに向けて振り下ろし、すぐさまきびすを返してカエのフォローに走るっ!


「チッ」

 2撃目が来ると踏んでいたアギトの動きがもたついた。


「触るんじゃねえっ!」


 飛び込んで来るイチのスライディングが、あたしの前にしゃがみ込んで唇を重ねようとしていたキバの脇腹に入るっ。


「がっ!」

 アギトが獲物を逃すはずはないとでも思っていたのか、ノーマークだったイチの一撃にキバが吹き飛んだっ!


「後ろっ!」

 アギトの振りかぶるナイフがイチの背中を狙う。

 アギトに正面を向け、すぐさま立ち上がるイチの脇腹を浅く割いて、口端を歪めたアギトが執拗にナイフを振るってくる。


 イチしか目に入ってないんだっ。


 ギラギラと獲物を狩る喜びに満ちた目がイチを追う。

 あたしの目の前を通り過ぎるアギトの足に飛びかかった。


「っ!

 女に用はない!」


 動けなくなったことへの苛立ちが、逆手に握り直したナイフをあたしの背中に振り下ろすっ!


 ガチャァンッ!


 イチの振り上げた足先がアギトのナイフを捉えた。

 アスファルトに落ちるナイフが、金物のけたたましさで騒ぐ。


「寝てろっ!」

 イチの放った回し蹴りがアギトの胸を捉えて、吹き飛ばした。


「カエっ!」

 イチに手を引かれ立ち上がる。

「とりあえずここから離れよう」



 ###


 空が赤く染まり出し、大地に落ちるジャングルジムの影が長く長く伸びていく。


(ここ、ジュニアと来たことあったな。)


 小さな公園に入り、所々に穴の空いたコンクリートのカマクラの中で壁に背中をもたれる俺の手をカエが取る。


「見せて」

 巻き付けた生成りのシャツが紅く染まっている。

 手の甲の血管は静脈。とは言え血管自体が損傷してたらよろしくは無い。

 

 一瞬ためらって、カエが止血のシャツを剥がす。

「ほぉっ。

 血は止まっているみたい。

 でも一応ドクターのところには顔だそう」

 仕事での怪我も何も聞かずに処置してくれる、無精髭にボサボサ頭のドクターのにやけた顔が思い出される。


 カエと2人きりで顔なんて出したら何を言われるかわかったもんじゃない。


 シャツを巻き直してくれるカエの手を見ながら、さっきの光景が蘇る。

 キバのヤツっ!

 腹だしさに怒りが込み上げた。

 あんなのに持っていかれたら俺も殺人鬼になりかねない……。


「カエ。その、大丈夫だったのか?

 キバの……」

 なんて聞いたらいいんだ。これは。

 シャツを巻き直していたカエの手が止まり、添えていた手が俺の指先を握る。


 カエ……。

 視線を合わせたカエの横顔に、カマクラの中に差し込む夕陽が当たる。

 カエのふっくらと小さな唇がゆっくりと息を吸った。


 温かくて柔らかな手の感触に、真っ直ぐに見つめてくる視線に、思わず喉が鳴る。


 頬が朱く染まって見えるのは、夕陽のせいだけか……?

「イチ……。

 次、いつ師範のところに行く?」


 夕陽のせいだった。


「めちゃめちゃ悔しいっ!

 やっぱりサボってないで、1から鍛え直して貰うっ」

 ギューっと俺の指先を握る手に力が入る。


 そう言えば、前回誘った時も怪我を理由にカエは訓練来なかったな。


「俺とジュニアは毎月最初の日曜日の訓練日にしか行かないけど、カイリは時間作って師範のところに行ってるみたいだ。

 つーか、手ぇ痛てーし」


「むううぅぅぅぅーっ!

 次は必ず仕留めてやるんだからぁっ!」


 聞いてねー。

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