第34話 熱中

 体が熱くなるのを感じた。

 裕次郎が西洋剣の扱いに習熟していないことを差し引いてもジットラは相当にやる。

 刃物を手にしていながらそれにこだわらず、しなやかな手足での攻撃を主体にしているのだ。刃物に固執しない刃物使いが一番厄介だ。

 刃物を印象付けながら、それに注目すれば手足の重たい攻撃が。刃物を忘れれば躊躇なく手足が切り刻まれる。

 打撃が体に当たり、皮膚に刃物が掠める度に猛烈な熱が沸き起こった。

 同時に裕次郎の剣先がジットラの肌を刻み、鍔が相手の顎を叩く。

 コイツは距離感の盗み方が上手い。

 十数合のやり合いの後、裕次郎は舌を巻いた。

 一度制空権を取られると、簡単には奪い返せない。

 蹴りのフェイントに隠されたナイフの突きを剣でいなすが、詰められれば即座に選択を迫られる。

 肘か膝か。

 頭突きだ。

 ジットラが頭を突き出すより一瞬速く、裕次郎の額がジットラの顔に突き刺さる。

 カウンター気味に炸裂した頭突きがジットラの動きを止めた。

 今度は裕次郎の番である。

 下腹部を膝で蹴り上げるが、剣を振るうには間合いが近すぎた。

 鍔打ち、目突き、足の踏み付け。

 選択肢が脳内に広がり、瞬時の内に回答がつかみ取られる。

 引き面。


「サァ!」


 気勢を挙げた裕次郎は後ろに下がりながら、刃を高速で振り下ろした。

 とっさに頭を下げたジットラの胸に刃先が浅からぬ傷を刻んだ。

 

「チッ!」


 舌打ちしながらジットラは左腕を一閃した。

 どこに隠し持っていたのか、指ほどの刃幅を持つ投げナイフは首を振ってかわした裕次郎の耳を貫いて止まる。

 熱い。

 裕次郎は吐く息までが高温に感じられた。

 疲労ではない。強敵を前にしての興奮が心臓を突き上げるのだ。

 体勢を崩したジットラに、裕次郎は剣を突き出した。

 右腕前腕で心臓をかばったジットラは、刃が腕を半分切り裂いた時点で右腕をクルリと回す。

 裕次郎であっても刃物の絡め取りを自らの腕でやる者など、流石に初めて見た。

 だが、即座に剣を手放した裕次郎の腕は千切れ掛けたジットラの右腕を掴んでいた。

 刃物を抑え、肘を相手の胸に置き、相手ごと倒れる。

 音と手応えでジットラの胸骨が砕けるのが分かった。

 声もなく叫ぶジットラは、それでも左手を裕次郎の耳に延ばした。

 突き刺さったままの小さなナイフで反撃をしたいのだろう。

 簡単に手を延ばしてくれて助かる。

 裕次郎はほくそ笑んで左手を取ると体勢を動かし、右膝を起点にして左腕をへし折った。

 ジットラの表情が苦痛に歪む。

 それを見て裕次郎の内面がさらに熱くなった。

 楽しい。もっと壊したい。

 次は目玉か、首か。


「裕次郎!」


 掛けられた声は裕次郎の狂熱をあっさりと吹き散らした。


「貴様、なにを遊んでおるんじゃ?」


 見れば少し離れた丘の上にリンデルが立っていた。

 その横にはガガが小さな槍の様な棒を構えている。

 そうだった。なんでだか宴会をするのだった。

 考えた瞬間、心地よかった汗が冷たくてたまらなくなり、かぐわしくすらあったジットラの血の臭いが鼻につき始める。

 

「……さっさと殺しなよ」


 ジットラが呻きながら呟く。

 そうだ。今の今まで自分は殺し合いに没頭していたのだ。

 そうして勝敗はついた。


「いや、終わりだ。殺さないから今日は帰ってくれ」


 裕次郎はジットラから離れて立ち上がる。

 冷えていく体の中で打たれ、斬られた箇所だけがズキズキと痛み、いやな熱さを主張していた。


「つれないことを言うなよ。この様で帰れる訳がないだろう」


「じゃあ、捕虜にする。情報を提供してくれれば怪我の治療もしてやろう」


 ジットラは呼吸の為に胸を動かすことさえも激痛が走る様で、しかし血にまみれた真っ赤な舌を延ばして笑った。


「なにも話したりしないって。ねぇ頼むからそろそろ……」


「ガガ、この前の痛み止めをくれ。飴玉のやつだ」


 ジットラを無視してガガに話しかけると、ガガはリンデルと顔を見合わせたあと、腰の袋から痛み止めを取り出して裕次郎に投げ渡した。


「ジットラ、コイツをしばらく舐めていろ。よく効く強い痛み止めだ。別に尋問に答えなくてもいいから、それくらいは勝利者の権利を認めてもいいだろう?」


 裕次郎はそう言いながらジットラの口に痛み止めを押し込む。

 流石に諦めた様でジットラは大人しく飴玉をしゃぶった。


「おい裕次郎、あれはトロールか?」


 近寄ってきたガガが周囲を警戒しながら裕次郎に問う。

 リンデルも寄ってきたが、こちらは尊大な態度でジットラを見下ろしていた。


「ふん、キサマは鬼人のジットラじゃな。裏の傭兵団がこんなところまで出張ってなんの用かの?」


 その言葉にジットラの眉が動く。


「なあリンデル、知り合いか?」


「バカモノめ。なぜワシともあろう者がこんなツマらん奴らと知り合わねばならんのだ。鬼人の郷は遙か遠いから、そこを出てこの辺りにおる個体の名を呼んだだけじゃ」


 つまりそれは、その程度にリンデルが警戒していたことを意味する。

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