第72話 若い僧尼の心中事件
鎌倉の入口に当たる片瀬での長逗留により、歴代将軍さまの持護僧をつとめられた託麿の僧正・公朝さまなど数多の有力な信者を獲得された一遍上人さまでございましたが、それらのご縁をきっぱりと捨て去り、7月16日、京を目ざして遊行に出立されました。同行の時衆は36人になっておりました。
このときから、片瀬の踊り小屋で上人さまが考案された高さ1尺5寸、横2尺、縦1尺の「十二光箱」に引入(椀鉢)、箸筒、
十二光箱の蓋の中央に白線を敷き、左右を赤と青に塗り分けて「二河白道図」を模し、夜はその箱を衝立障子のように並べ、男女の仕切りとするのでございます。
男女混合の集団である時衆は、ともすれば世間から奇異な目で見られがちでございましたから、一遍上人さまはことのほか風紀の規範を重んじられましたが、そこは年頃の男女のことでございますから、ごく自然な発露として恋愛も生じます。
出家したとて異性への愛の放棄の至難については、上人さまご自身がいやというほど経験済みでございますから、精神的な愛については大目に見ておられました。
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ところが、ある夜。
発熱した青年僧に尼僧が添い寝して介抱するという事件が発生いたしました。
献身的な看病の甲斐もなく、翌日、その青年僧・光阿弥陀仏さまは往生されてしまいましたので、規範破りの尼僧・常一房の行為は不問に付されたのでございますが、それから間もなく、常一房は別の若い僧と入水してしまったのでございます。
上人さまは今度こそ断固たる処断を下されました。
「時衆過去帳」(名簿)の常一房の名前の上に「不」の一文字を黒々と墨書され、
若い男を道連れに海に入った常一房の霊魂は浄土への往生を許されず、未来永劫に俗世に漂いつづける……厳然たる事実に、わたくしたちはふるえあがりました。
*
それより少し前、超二房に悲しい出来事がございました。
相思相愛だった市阿弥陀仏さまが、とつぜんの病で往生されたのでございます。
遺骸に取りすがって号泣する娘を懸命に慰めつつ、浄土への旅立ちがわれら時衆の究極の目的とはいえ、せっかく生まれて来た尊い命、娘のためにも生き永らえてほしかったと早すぎる往生を悼み、ことのほかねんごろに念仏称名いたしました。
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