第53話 超二房の成長





 全国各地から参詣にやって来る善男善女にひたすら念仏賦算の行を積んだのちに善光寺を発った一行が、千曲川沿いを南下して佐久・伴野荘に向かいましたのは、その年も暮れようとするころのことでございます。


 山国・信濃はすでに真冬、なにもかも凍り付く根雪の季節も迫っておりました。


 霜枯れの河原に、くちばしの長い鳥を見かけたのはどのあたりだったでしょう。

 鳥は、鈍色の虚空の一点をじっと見つめたまま、かすかな身じろぎもしません。

 突き出た岩に、まるで置き物のように、ぽつねんと立っているのでございます。


 その孤独なたたずまいに心をかき乱されました。

 さびしい、さびしい、さびしい、さびしい……。

 なぜこれほどさびしいのでございましょう。

 幼い日に還りたい、かかさまの胸に抱かれたい。

 わたくしは頭巾を深くかぶり直しました。


      *

 

 超二房に月の障りがありましたのは、佐久の入口付近のことでございます。

 はるか北の空に冠雪の浅間山が、うっすらと白いものを吐いておりました。


「かかさま……」

 すぐ前を歩いておりました超二房が当惑げに振り返りました。わたくしにはすぐにわかりました。騒ぐにおよばず、当然のことが起こったまででございますから。


 わたくしは超二房を藪陰に連れて行き、手当の仕方を教えました。薄い肩に手を置いて「おめでとう」と申しますと、超二房は、こくんと小さくうなずきました。


 そんな娘を見守っているうちに、鋭い悲しみが突き上げてまいりました。

 ふつうならお赤飯を炊いて祝ってもらう慶事でありますのに、だれにも告げられないばかりか、旅の空の不慣れを堪え忍ばねばならぬとは、なんと不憫な……。


 南国生まれの娘にはことのほか身に染みるであろう苛烈な真冬の旅の空。分けても佐久は、伴野荘、大井荘、平賀荘の豪族に支配され、のち戦国と呼ばれる時代に甲斐の武田信玄に滅ぼされるまで、群雄割拠する東国武士の本拠でございました。


 空っ風で知られる上州との国境でもあり、そのせいか住人の気質も、よく言えばからりとしている、さらに申せば荒っぽいとも言える硬質な土地柄でございます。

 あれこれ思い合わせますと、この先の至難が案じられてなりませんでした。

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