第46話 追って来た領主の出家&時衆の成立
初々しい尼すがたの奥方さまに見送っていただき領主の館をあとにした一行は、冬の薄日が西に傾くころ、年の瀬の買い物でにぎわう福岡の市に到着しました。
今宵はこのあたりのお寺に宿を、と思案していたときのことでございます。
いま歩いて来た方向から、どっどっと土ぼこりも凄まじく、早馬の音が聞こえてまいりました。驚いて見やると、折烏帽子に狩衣姿の身分ありげな武士が、びゅんびゅんと鞭をしならせながら栗毛の馬を疾走させてまいります。そのうしろには腹巻鎧もいかめしいふたりの郎党が、弓矢や太刀を振りかざして就いてまいります。
米や豆、正月の衣装、陶器などを求めて近郷から集まって来た人びとに念仏札を手渡しながら念仏賦算を行っていた上人さまも、すわ何事ぞと振り向かれました。
馬から飛び降りた武士が喚くよりも一瞬早く、
「藤井の里の領主さまでいらっしゃいますな?」
念仏で鍛えた野太い声を発せられたのは、ほかならぬ上人さまでございました。
その声に撃たれたように、留守中に年若い妻をかどわかした不埒な妖僧を、この手で退治せんとて追い駆けて来られた領主さまは、急に肩の力をなくされました。
そして、ややあって、意外なことを申し出られたのでございます。
「わたくしもまた罪深く、悩み多い身。その事実も忘れ、なんとも浅はかな憤激をいたしました。つきましては、わが妻に準じ、わたくしも得度したく存じます」
あまりにも意外な事の成り行きに、時衆は打ち揃って呆然としております。
急なことでしたので、近くの河畔で領主さまの剃髪を行うことになりました。
惜しげもなく
一件はまたたく間に市中に広がり、一挙に280人の帰依者が生まれました。
そして、そのなかから新たにふたりの弟子が遊行に加わったのでございます。
あまりの盛況に頬を弛めていた真教さまが、ひとつの提案をなさいました。
「こうまで弟子が増えてまいりますと、きちんとした呼び名が欲しくなりました。いかがでしょうか、これから、われらは『時衆』と名乗ることにしては……」
――この時のいま、仏も我もなく、ただ一念に念仏を称えることこそ肝要。
そんな教えを反映する呼び名は、上人さまのお気に召したようでございます。
真教さまのお願いはさらにつづきました。
「僭越ながら、遊行に同道する弟子は道時衆、在家の
こうして、以来、男性の弟子は、真教さまの他阿弥陀仏を筆頭に、安阿弥陀仏、唯阿弥陀仏、終阿弥陀仏、弥阿弥陀仏、相阿弥陀仏と呼ばれるようになりました。尼はわたくしたち3人に倣って「房」の法号で呼ぶ慣例となったのでございます。
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