第44話 家族の域を脱する覚悟




 その夜、弟子たちを遠ざけた上人さまから「これより先は、世俗のえにしをいっさい捨て去るべし」と申し渡されたわたくしは、もちろん、心から素直にお受けいたしました。


 二度目の出家を許されたいまこそ、夫でも妻でも、父でも子でもないのでございます。上人さまの弟子として師を敬い、忠実に教えを守って行かねばなりません。


 わたくしは心中ひそかに決意いたしました。

 

 ――いまこのときから、過去のいっさいと訣別すべし。

 

 10人の弟子を連れた上人さまの新たな遊行が始まったのでございます。

 厳島神社を発った一行が、つづいて目指しましたのは京でございました。


 そして、安芸国、備後国、備中国と、瀬戸内海の中国路を経めぐったあと、その年も暮れようというころに備前国に入り、藤井の里というところで領主さまの館に一宿を賜ることができました。


 垢だらけの乞食坊主よ、念仏三昧の誑惑者よと蔑まれ、罵られ、わずかな稗粥にも事欠いていたころとちがい、10人の弟子を従えた上人さまに、世間の見る目も変わって来たのでございましょう。


 折しも領主はご不在でしたが、代わって親切に応対してくださいましたのが若い奥方さまで、情深いご配慮により、温かな部屋や食べ物をご供養いただきました。


 ご領主は吉備津宮きびつのみやの神主のご子息とのこと、上人さまは仏教のほかに日本古来の神道や山岳修験道にも精通しておられましたので、いやが上にもお話が弾むのでございました。

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