第九章 接続するには数が足りない

重い空気のまま西森と黒谷はお互いの顔を見れなくなっていた。

どちらもお互いの腹の探り合いといった空気だ。

どちらが先に言葉を発するか、牽制しあっていた。

重い沈黙にため息を吐きながら先に口を開いたのは黒谷だった。


「だから言っただろ。聞いても後悔すんなよって。俺だってお前の話を聞いてビビった。まさかサチ…いや、久保田奈緒か。あいつを救おうとしてたやつが居て。更にそいつが殺人犯で、一緒に収監されてて、オマケに仲良く捜査ごっこしてたんだぞ。そんな事あるかよ。」


言い捨てるようにして西森を見る。


「まさか彼女の知人だったなんて。まさかそんな事あるとは思わないじゃないですか。」


動揺する西森は珍しく本を閉じ目を閉じ机に突っ伏していた。


「西森。ありがとうな。最後までサチの味方で居てくれて。」


「そんなつもりじゃない。最後まで医者で居たかっただけだ。貴方に礼を言われる筋合いもない。それに貴方みたいに不純な感情も持ち合わせていない。」


拗ねたように返答する西森を複雑な顔で黒谷が眺めた


「それで!野崎ちゃん!どうする!?この重い空気変えてやろうか!?」


突然黒谷が大きな声を出す。

その声に野崎とナイがビクリと跳ねた。

ムッとしたナイにごめんごめんとストローを咥えさせ納得させる。

黒谷の言葉に耐えかねた野崎はコクコクと頭を上下させた。


「よし。俺らの昔話はもういい。見つけたぞ国被連続殺人の方の手がかり」


黒谷はきちんと探し当てていた。

本当は話してるもっと前に見つけていたらしいが話が終わるまで隠していたようだ。

黒谷は1つの掲示板を表示させた。


「これはいわゆる裏サイト。普通に検索しても引っかからないイケナイ所。で、この掲示板は犯罪者が情報のやり取りに使う事が多い。なので殺人犯は何か有益な情報を手に入れるために、用がなくても覗いていることが多い。」


野崎は高速でメモを取りながら話を聞く。


「で、万が一見てたらと思ってカマをかけてみた。『国被事件急に扱われなくなった? 飽きられた?インパクト弱かったもんな』って餌をまいてみたらしっかり引っかかった。」


「えぇ!?黒谷さん何勝手に書いてるんですか!?」


「結果オーライだろ。釣れたから」


ナイのようにムッとした野崎は返す言葉もなく黒谷をひと睨みする。


「で、その釣れたお返事がこちら。」


そう言って野崎にパソコン画面を見せた。

そこに書かれていた書き込みは


『国被は終わっていない まだまだ続けてやる』


「黒谷さん!早く言ってくださいよ!本部に連絡しないと、これ本当に犯人なんですか!?」


野崎は大慌てでスマホを取り出し本部にLINEを送る。


「心配すんなよ。本部がこの画面見てんだろ?ならもうこれ共有してんだから見てとっくに動いてるだろ?」


「そうでした!ですけど改めて本部に連絡しますね!」


慌てて電話をかけて川原に事情を話す。

しかし、黒谷の言うようにこの画面を既に共有しており、捜査に向けて動いているそうだ。

肩の力が抜けた野崎はへなへなと椅子に座り込んだ。

そんな野崎に黒谷が声をかける。


「そのまま電話繋いどけよ。本部の人間だろ?俺のパソコンの画面見えてるよな?」


挑発的に話しかける黒谷の言葉に電話口の川原は驚いたように「あぁ」と短く返事した。


「ここからが本番だろ」


そう言ってニヤリと笑うと黒谷はキーボードを叩き出す。

みるみるうちに画面は文字で埋め尽くされて、よく分からない英文や数字が画面を支配していく。


「あの、黒谷さん?何してるんですか?」


野崎は電話を黒谷の方へと向けながらオロオロと画面と電話と黒谷の3つを交互に見ていく。


「相手のパソコンにお邪魔するんだよ。何処のどなたか見せてもらわねぇと」


嬉しそうに作業を続ける。

そうすると手を叩いて黒谷はガッツポーズをした。


「よっしゃ!セキュリティガバガバでやっててくれて助かったわ。もうすぐ犯人とこんにちはできんぞ。」


「え!?えぇ!?どういう事ですか!?」


「相手のパソコンのカメラ乗っ取ってやる。」


ニヤニヤ笑いながら勢いよくエンターキーを押した。

その時電話口から川原の大きな声で

「早まるな!違法捜査だ!」の怒号が聞こえたが黒谷は無視して実行してしまう。


「写った写った。どこだココ?本人はどっかにいねぇのか…」


画面に写った部屋はとても大きく綺麗な部屋で、調度品が並び大きな書棚が見える。


「何処かにご本人いねぇかー?ほら、捜査本部。気合い入れてこの部屋何処か当てろよー!犯人さんのお家だぞー!」


楽しそうにする黒谷に野崎は慌てながら電話で川原に話しかける。


「川原さん!これ!何処か見つける事はできますか!?」


「これだけの情報では…せめて窓の外でも写れば何かヒントになるのに、ここは窓も無さそうだな。おい!黒谷!もう少しなんか出来んのか!偉そうに言ってカメラ乗っ取るくらいか!」


川原の怒鳴り声に明らかに不機嫌そうな黒谷は野崎の持つ電話にズイと近づいて声を上げる。


「IPだのなんだのは海外サーバー経由しててもっと探らねーと出ねぇよ!時間かかるから少し待ってろ!それよりも、こんな大ヒント与えてんのに見つけれない日本の警察ちゃんは大丈夫なのかよ!」


煽りあいが始まって頭を抱えた野崎。

その時だった。


「東京帝国第一大学。理学部。学部長室。」


意外な人物の声だった。

今まで話さなかったナイの声だった。


全員がその場で固まる。


「ナイ…さん…?」


「早く。調べて下さい。東京帝国第一大学。理学部の学部長室です。」


恐ろしく冷静なナイの声に驚きながら野崎は川原に向かって叫んだ。


「川原さん!聞こえましたか!?」


「聞こえた!本当だろうな!なんでそいつが知ってる!!とにかく、今は証拠が無さすぎる!ひとまずその学部長について探れる所とことん捜査させる。そっちもなにか進展あればすぐに教えろ!」


「わかりました!」


野崎は通話を終え改めてナイを見る。

ナイはまだパソコン画面をじっと眺めていた。

黒谷は驚いたまま画面ではなくナイを見つめて沈黙していた。

西森は突っ伏していた机から身を起こしナイを眺めて「理解できない」と書いていそうな表情を浮かべ本を手に取りまた読み始めた。


「あの、ナイさん。どういう事ですか?なぜ…ご存知なんですか?」


「僕はここに行ったことがあります。学部長は当時からおそらく変わっていないと思います。田上周太。検索すればすぐに出てくるでしょうとても有名な人物です。」


「おい待て。お前今までのはなんだったんだよ。びっくりさせんなコラ。どういう事かわかるように話せ。」


あまりの豹変ぶりに今まで世話を焼いていた黒谷も困惑を隠せない。

少し考えて項垂れたナイは冷静なまま話を続けた。


「すみません。白状すれば今までは狂った振りをしていました。狂っていなきゃいけなかったんです。それよりもまず今はそれより田上の話を。」


「は、はい。」


呆気に取られた野崎はメモを慌てて取り出し話を聞く。


「彼は東京帝国第一大学の中でもかなりの黒い人間です。彼は理学部ですが医学部や法務部の偉い人はほとんど彼に世話になっているでしょう。政治家や様々な人間に口利きのできる人間です。それもあってまだ50歳くらいの若さですが学部長に就任。他にも色々と兼任しているはずですよ。」


「あの、ナイさんはその人とお知り合いなんですか…?」


「過去に少し関わっただけです。僕の父が彼と仲が良く家に来ていた事もあります。」


今まで会話もまともに出来なかった人間が流暢に話し、情報を握っているだけではなくおまけに物凄い人物と知り合いで何やらいい家出身。

この情報量は残りの面々をパニックに陥れるには十分だった。


「えっと…ナイさん。それでその田上と言う人物は連続殺人を行うような人物に感じられますか?」


「もう一度この事件の情報を整理して話してもらえませんか?」


ナイに言われ再び調書を取り出し今回の事件について野崎は纏めて話し始めた。



「国被連続殺人事件。次々と同じ手口で殺人が繰り返されています。

犯行手口はどれも刺殺。どの死体も腹部と両腕両足の付け根の計5箇所を刺され殺されている事から現時点で5件の殺人が同一犯とされています。

死体は特に隠さずに山中や廃ビルに遺棄。これは皆さんの推理で見つけてもらえる場所に遺棄していると気づきました。

見つけてもらいたいと言う自己顕示欲の強さから、マスコミ等で取り扱うことを停止しあぶり出し。結果黒谷さんの作戦に釣られて裏サイトに書き込み、ハッキングで相手のパソコンのカメラを写す事に成功。

今こんな感じです。」


「……」


説明をひとしきり聞いてナイは考え込んでいた。

その様子を見て口を出すことをはばかられた残りの面々は、ナイの表情を確認しながら次の言葉を待つ。

何分経っただろう。

緊張の走るその部屋の中でそれぞれの鼓動が聞こえ合いそうな程静かだった。

沈黙を破ったナイの言葉


「…田上周太は、久保田奈緒に人生を狂わされた1人です」


その言葉は再びその部屋の人間全員を貫いた。

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